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脳はなぜ「心」を作ったのか「私」の謎を解く受動意識仮説 (ちくま文庫)
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脳はなぜ「心」を作ったのか「私」の謎を解く受動意識仮説

3 [3](5件のJUGEMレビュー・感想)
  • 商品カテゴリー:文庫
  • Amazonランキング:66981位
  • Amazon価格:¥ 836
  • ユーズド価格:¥ 225
  • ISBN/ASIN:4480427767(筑摩書房)
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JUGEMユーザーのレビュー・感想(5件) 3 [3]

「自分」とは、自分のからだと脳を含めた、個体としての、あるいは、ハードウェアとしての自分のことだ。(中略) 一方、「私」とは、前野隆司の「意識」のことだ。(中略)<私>とは、自己意識の感覚−−生まれてからこれまでの、そして死ぬまで、自らが生き生きと自分の意識のことを振り返って、ああ、これが自分の意識だ、と実感し続けることのできる、個人的な主体そのものーーのことだ。

「私」たちが主体的に行っていると思っている「思考」という行為は、実は無意識下の小びとたちが行っている自律分散計算だと考えられるということだ。(中略)「知」の処理は、外部の状態の知覚も、記憶の連想も、小びとたちの仕業なのだ。

エピソードを記憶するためには、その前に、エピソードを個人的に体験しなければならない。そして、「無意識」の小びとたちの多様な処理を一つにまとめて個人的な体験に変換するために必要十分なものが、「意識」なのだ。「意識」は、エピソード記憶するためにこそ存在しているのだ。

 まず、赤い色、次に縞模様、最後に緑色を見せ、縞模様を見せているときにコイルに電流を流したら、(中略)最初は赤い色が見え、次に、縞模様の一部にぽっかりと穴が開き、最後に緑色が見える、というのが普通の… このレビューの続きを見る

リベットの実験結果を信じるならば、人が「意識」下でなにか行動を「意図」するとき、それはすべてのはじまりではない。「私」が「意識」するよりも少し前に、小びとたちはすでに活動を開始しているのだ。言い換えれば、「意図」していると「意識」することを人に感じさせる脳の部分は、脳内の小びとたちの活動結果を受け取って、自分が始めに「意識」したと錯覚していると考えるしかない。