私の捨てられないTシャツ
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このテーマについて
ボロボロになっても捨てられない過去から現在に至るありふれた【Tシャツ】にまつわる話。
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私の捨てられないTシャツ その−(4) 中米ホンジュラス コパン遺跡のTシャツ

 2006年から2008年までの2年間、家人と共にホンジュラスの旧首都コマヤグアに住んだが、交通の不便な国ゆえ韓国製の中古SUVを使っていた。 【写真−1 背中側にはマヤの鳥が描かれている】  当時のホンジュラスは中古自動車屋あるいは市場というものはなくて、中古車を求めようとしたら新聞の売買欄で知る程度しかなかった。また車体の窓に『Se Vende(売りたし)』と電話番号と一緒に書いて走っている車を見つけ、連絡して交渉をし手に入れることも多い。  乗っていた韓国製のSUVも、駐車していた車に書いてあったのを...

セブ島工房 | 2018.05.24 Thu 20:40

私の捨てられないTシャツ その−(3) セブ日本人補習授業校のTシャツ

 日本の文部科学省によると、補習校は週末や平日の放課後を利用して、海外在住の日本人子女を対象に日本の教科を日本語で教える教育施設となっている。 【写真−1 この頃はTシャツを作る業者も良心的で出来は良い】  1958年アメリカのワシントンに設立されたのを皮切りに、年度は少し古い統計だが、2015年現在で世界に205校、学ぶ小中学生は約2万人で、全日制の日本人学校と同じくらいの在籍者がいるから、海外での日本人子女の教育に大きな役割を担っている。  セブに補習校が出来たのは1980年、セブの在留邦人が子...

セブ島工房 | 2018.05.09 Wed 21:10

私の捨てられないTシャツ その−(2) アフリカ・ジンバブエのTシャツ

 1980年代の終わり頃から1990年代の初めにかけて、足かけ3年小生はアフリカで仕事をしていた。日本を出発した時は『昭和』であったが、日本へ帰った時は『平成』になっていて、天皇が死んだ時もアフリカの現地で知った。 【写真−1 30年以上経っても文字のデザインはまだモダン】  住んでいたのはアフリカ内陸部にある『ザンビア』という国で、当時は成田を出て、ロンドンで乗り換えて1泊。ロンドンからケニアのナイロビに向かい、そこでまた乗り換えてザンビア首都の『ルサカ』に入ったが、丸々4日かかった長旅でもあった...

セブ島工房 | 2018.04.28 Sat 19:25

私の捨てられないTシャツ その−(1) 2度目の八丈島の旅で

 Tシャツという言葉は日本語に定着しているが、英語圏のフィリピンでもTシャツそのままで通じるから、英語圏では共通語になっているようだ。もっとも、フィリピンでは襟付きのいわゆるポロシャツという種類も、Tシャツと呼ばれているからその範囲は広い。   【写真−1 八丈島近海で見られる魚をデザイン】  従来下着と見られていたこのTシャツが街着として広まったのは、1951年公開の『欲望という名の電車』の中で、主演をしたマーロン・ブランドが着こなしてからというが、同時代のジェームス・ディー...

セブ島工房 | 2018.04.21 Sat 19:28

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