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JUGEMテーマ:ショート・ショート 花火の音が聞こえる。それで八時半になったのだと思う。毎週土曜日の午後八時半に近くのホテルが花火を打ち上げるのだ。最初の頃はベランダに出て眺めていたけれど、毎週続くとやがて眺めようとは思わなくなってしまった。今では花火の音を時報代わりに聞いているだけだ。だからこの花火が透明であったとしても僕らは気づかないだろう。 開け放たれた窓からは、極弱い風が流れてくる。それは弱すぎて、生温い湿気を運んでいるに過ぎない。風と呼ぶには少し違和感があったけれ...
pale asymmetry | 2023.08.12 Sat 21:46
JUGEMテーマ:ショート・ショート 強い西風は少しだけ北に傾いていて、そのせいかひんやりとしていた。宵と呼ぶには早い時刻に、僕らはベランダに金属バケツを出し、そこに二枚の短冊を落とした。風はベランダに巻き込んでくるけれど、バケツの底の短冊を吹き飛ばすほどではなかった。夜がゆるやかに沈み始めているのを感じたけれど、バケツを覗く彼女の横顔ははっきりと見えた。 「何て書いたの、短冊に」 バケツに目を向けたまま彼女が訊いてくる。僕らはそれぞれ短冊に願い事を書いた後、相手に見せない...
pale asymmetry | 2023.08.07 Mon 21:08
JUGEMテーマ:ショート・ショート ゆるやかな流れの川に、僕らは足を浸していた。河原を埋める小石は程良い丸みで、座り午後地が良かった。僕らは半ば寝そべるような体勢で並んで腰を下ろし、空を見つめていた。真上の空は銀のベールを纏った青。遠くの場所には黒雲が見えた。風はそちらの方から吹いていて、それは少しひんやりとしていた。 「微かに雨の匂いがする」 彼女が言葉を零した。やわらかく閉じた目は、成層圏の外側を見つめているように思えた。 「あの雨雲が向かってきているんだろうね」 ...
pale asymmetry | 2023.07.28 Fri 21:03
JUGEMテーマ:ショート・ショート 午後になるとベランダは日陰になる。それを待って僕らは椅子とバケツを並べた。クーラーボックスにはたっぷりの氷。それにグラスとスコッチウイスキー。バケツに張った水に足を浸して、僕らは青すぎて銀色にハレーションした空を見上げて目を瞑る。 「夏だね」 彼女の声に一瞬目を開き、眩しすぎてまたすぐに目を閉じる。 「もちろん」 僕が応えると、彼女は笑う。 「あなたが夏にしたみたい」 彼女がグラスを僕の頬にくっつける。ひんやりとして心地良か...
pale asymmetry | 2023.07.23 Sun 21:27
JUGEMテーマ:ショート・ショート 雨の粒は大きくて、僕らを侵略しようとしているように思えたので、僕は君のリュックが心配になった。君のリュックは薄い布製だったから、きっと希薄な自我しか持っていないと思えたんだ。 「濡れても大丈夫なの?」 僕がリュックを指差して尋ねると、君は首を傾げてそれから軽く肩を竦めた。素早い計算で、それが些末な事象であることを突き止めたみたいだった。 「この世界に、濡れてはいけないものなんてないのよ」 君は立ち止まり、気持ちよさそうな顔を空に向...
pale asymmetry | 2023.07.18 Tue 21:02
JUGEMテーマ:ショート・ショート 橋を渡ってあの子らは行ってしまった。海を見下ろし笑い合っていたようだ。あるいは叫ぶように歌っていたかもしれない。虹の七色を称える歌だったような気がした。風は際限なく強まり、私とあの子らを引き離してしまった。無邪気な想いは二年の歳月を超えて、結局私のもとに届くことはなかった。そういう世界に私は生きているのだろう。 右往左往を繰り返し、あの子らの望みを叶えようとしてみたけれど、非力な自身を憂うばかり。でももっと大きなものが支配する世界にいるの...
pale asymmetry | 2023.07.17 Mon 21:32
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「重い頭痛がするの」 そう言いながら、彼女は両方のこめかみを両手の人差し指で押さえる。開いてはいけない箱の蓋を押さえるように。ソファーに横たわり、天井に顔を向け、でも天井よりもずっと遠い場所を見つめていた。 「大丈夫?」 僕はソファーに歩み寄り、膝をつく。部屋は薄暗く、窓は閉め切られている。エアコンディショナーの稼働音だけが、部屋の秩序を保とうとしている。きっと彼女はまだ明るいうちに帰ってきて、ここに横たわったのだろう。僕が戻るまで、...
pale asymmetry | 2023.07.12 Wed 20:41
JUGEMテーマ:ショート・ショート 家中の窓を開け放てばどれくらいの風が流れるかを僕らは試してみた。その結果、動き回って僕らが攪拌した空気以外に風を感じることは出来なかった。 「私たちを取り囲む風景に風がなさ過ぎるのよ」 彼女が大きな溜息を零す。それは風にはならず一瞬で消えた。 「お昼にしましょう」 彼女が用意した冷やしうどんにタコをトッピングして、僕らは南に面した窓辺に並んで腰掛けた。南の空は眩し過ぎて青くはなかった。それは賑やかな銀色で、夏そのものの色だと思えた...
pale asymmetry | 2023.07.02 Sun 19:18
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「見て」 夕食の後、彼女がテーブルに小さなモニタを立てる。 「綺麗なの」 彼女がモニタの電源を入れると、そこには流麗な紋様が顕れた。色とりどりに流れ、絡まり上昇したり下降したりする紋様だった。 「これは?」 紋様はときどき煌めきを放ち、確かにとても綺麗だった。煌めきは些末な、だからこそ重要な想いの欠片のように想えた。 「これは夢なの」 「夢?」 「そう、夢。睡眠時の夢。AIに夢を見させているの」 「どんな夢を? それとも自...
pale asymmetry | 2023.06.29 Thu 21:02
JUGEMテーマ:ショート・ショート 三日間の出張から彼女が帰ってきた。その日数の割には大きなキャスターバッグとA4サイズの茶封筒を持って。彼女はその茶封筒をとても大切そうに胸に抱えていた。 「出張先の街の駅前に似顔絵描きの人がいたの」 リビングのソファーに落ち着くと、彼女がそう切り出す。僕はミルクたっぷりのカフェオレを淹れ、二つのカップをテーブルに並べた。 「そういうのって、サンプルみたいなのを何枚か展示してあるじゃない」 彼女がカップを手に取り口を付ける。満足そうに...
pale asymmetry | 2023.06.20 Tue 18:52
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