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国鉄

このテーマに投稿された記事:14件 | このテーマのURL:http://jugem.jp/theme/c146/25976/
国鉄
このテーマについて
国鉄時代のお話並びに国鉄車両のお話をアップします。
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作者のブログへ:「blackcat-kat」さんのブログ
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EXPO'70で運転された、臨時快速

JUGEMテーマ:国鉄   大鉄局が設定した二つの快速 小中学生の万博見学に配慮した、臨時快速 万博帰宅者に特化した深夜、臨時快速 大阪鉄道管理局(以下、大鉄)は、万博輸送に関して、臨時快速電車を設定しました。 それが、下記の列車で、万博号という愛称がついた快速列車で、三往復が設定されていました。 下り列車 07:39 河瀬発→09:16 茨木着(万博1号) 下り列車 16:17 茨木発→18:14 姫路着(万博3号) 下り列車 21:17 茨木発→23:10 姫路着(万博5号) ...

鉄道ジャーナリスト 加藤好啓(blackcat)の国鉄という名の備忘録 | 2019.01.03 Thu 21:48

153系非電化線区を走る

JUGEMテーマ:国鉄   昭和38(1963)年の鉄道ファンを見ているとなんともユニークな記事を見つけました。 それは、それまでは寄せ集めの気動車などで運転されていた、臨時準急、汐風号が153系で運転されたという記事です。 運転区間は、中野〜館山まで、運転期間は、7月20日から8月18日までの約1ヶ月間でした。   現在と異なり、レジャーと呼べるものが少ない当時は、夏場と言えば海水浴ということで、房総半島の海へいく人は大変多かったのです。昭和50年頃まで夏になると、「青い砂」、「白い砂」とい...

鉄道ジャーナリスト 加藤好啓(blackcat)の国鉄という名の備忘録 | 2018.11.27 Tue 00:01

昔の物語 隅田川駅

JUGEMテーマ:国鉄 今なら、ブラック企業だとか、ブラック職場だ言われそうですが,今から半世紀前のころは、こうしたことが美談となったそうです。 現在は、コンテナしか扱わない駅ですが、昭和61年10月31日までは、手小荷物輸送を扱っていました、国鉄の荷物輸送は、その前近代的な輸送方法(駅への持ち込みまたは、受け取り)が嫌われ、後発のヤマト運輸に代表される宅配便事業にその役割を奪われて縮小していくのですが、宅急便が誕生していない昭和45年頃は、小荷物輸送は国鉄に頼らざるを得ない状況であり、記事にもあ...

鉄道ジャーナリスト 加藤好啓(blackcat)の国鉄という名の備忘録 | 2018.10.18 Thu 10:01

串本節こぼれ話

JUGEMテーマ:国鉄 串本節はとある理由から全国区になった 和歌山の串本町は、潮岬を町内に持つ本州最南端の町ですが、勝浦と白浜の間に挟まれた町になります。 そこで古い国鉄の部内誌を見ていますと、面白い記事を見つけましたので、ご覧いただこうと思います。 串本と言えば、民謡の串本節というのがありますが、串本節が日本中に広まるきっかけとなったのが、下記のような理由だったそうです。 この記事では、日本三大民謡と書かれていますが、最近は三大民謡と言わないようですね。 さて、この記事によります...

鉄道ジャーナリスト 加藤好啓(blackcat)の国鉄という名の備忘録 | 2018.08.31 Fri 13:16

鳥羽駅のことどれくらい知っていましたか?

JUGEMテーマ:国鉄 鳥羽駅を御存じでしょうか。 三重県の鳥羽市にある駅で、鳥羽水族館などの最寄り駅ですので、御存じの方も多いかと思います。 この駅を見ていますと、近鉄の駅にJRが間借りしているようなイメージを持たれますが、元々はJR鳥羽駅の方が歴史は古く、明治44年7月には参宮線の終点として、開業しています。 その後、鳥羽駅に接続する形で、昭和4年7月には、志摩電気鉄道が狭軌で、鳥羽〜真珠巷間を開通させたそうです。【真珠港は賢島から先にあった】 なお狭軌で建設された経緯は、志摩電気鉄道が真珠養殖資...

鉄道ジャーナリスト 加藤好啓(blackcat)の国鉄という名の備忘録 | 2018.07.05 Thu 14:00

幻の急行用気動車

急行形気動車と言えば、キハ28・58と言われるほど多数製造され、かつ活躍した気動車でした。 昭和44年から急行気動車の冷房化推進のための電源車を確保するため、キハ91で開発されたDML30HS機関を用いたキハ65が製造されました、その後昭和50年3月には試験的に将来の急行にも使える汎用気動車としてキハ66・67が試作されますが、重量が重くローカル線への入線が困難なことや、国鉄の財政が急速に悪化したこともあり、普通列車用には冷房装置を省略してエンジンもDMF15HS系エンジンの出力をダウンさせて冗長性を持たせたキハ40系列【...

鉄道ジャーナリスト 加藤好啓(blackcat)の国鉄という名の備忘録 | 2018.05.28 Mon 23:50

万博こぼれ話 新大阪駅が簡易宿泊所になった話

国鉄の部内誌、国有鉄道という雑誌から見かけたお話から。 今回は、1970年に大阪千里山丘陵で開催された日本万国博覧会(EXPO'70)のこぼれ話として、新大阪駅での話です。 駅での宿泊は、当時も今も営業時間以外は開放されておらず、最終列車が到着すると駅を閉鎖してしまいます、当時のお話では新大阪駅は24時間開放していたようです。 現在は廃止されていますが1階飲食店街(味の小路)付近が団体待合室となっていたそうです。 この団体待合室が、万国博見学者の臨時宿泊所になったというお話です。   ...

鉄道ジャーナリスト 加藤好啓(blackcat)の国鉄という名の備忘録 | 2018.05.06 Sun 00:35

食堂車と営業事業者割り当てのお話

1960年代、優等列車には食堂車は必ず連結されていた。 1960年代の国鉄では優等列車と呼ばれた急行以上には原則として食堂車が連結されていました。 当時は、特急列車の本数も少なく、特急は文字通り、「特別な急行」でありおいそれと乗れると言う雰囲気ではありませんでした。 そこで、一般には急行(普通急行)を利用するのが一般的であり、夜行列車・昼行列車に限らず、多くの食堂車がこれら列車に連結されていました。 さて、この食堂車ですが、当然のことながら国鉄が直接経営していたわけではなく、業者に委...

鉄道ジャーナリスト 加藤好啓(blackcat)の国鉄という名の備忘録 | 2017.11.21 Tue 22:31

国鉄時代の二条駅、備忘録

JUGEMテーマ:国鉄 二条駅とは、山陰本線にある駅ですが、実はこの駅のことを調べて行くと色々と面白いことが見えてきました。   二条駅は、日本で二番目に古い現存駅舎だけでなく、戦前はある荷物の取扱量でも日本で2番目だったそうです。 ちなみに、1位は、秋葉原だったそうです。   ちょっと考えてみてくださいね。     実は、二条駅で日本2位の到着を誇ったのは、薪炭(炭)でした。 二条駅は、京都の中心部になるのでここから西陣地区を中心に洛中と言われた京都市内に配送...

鉄道ジャーナリスト 加藤好啓(blackcat)の国鉄という名の備忘録 | 2017.11.01 Wed 21:59

昭和30年代における、自動車の鉄道輸送

皆様こんにちは、今回も国鉄線見つけた面白い記事について書かせていただこうと思います。 国鉄における自動車輸送と言えば、ク5000を使った自動車輸送を覚えておられる方も多いかと思います。 画像 Wikipedia   自動車専用列車として、新車を運ぶのに使われ自動車の移動には汚れや傷を防止するため、車カバーがかけられていたのを写真で見た記憶があります。 ただ、古い写真を見ていますと移送時はカバー等を被せずに運転していたこと写真もあり、カバーしていたのは写真撮影用なのかそれとも・・・・と思...

鉄道ジャーナリスト 加藤好啓(blackcat)の国鉄という名の備忘録 | 2017.09.11 Mon 12:52

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