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交流域の広がりにより生じた波が、他域文明のエッセンスを社会に注入する時代は終わった。急速に収縮した地球は、もはや文化を熟成させる余裕など持たない。グローバル化とは、技術で個人をあぶり出すムーブメントの呼称であり、裸になった個人は、自らの能力のみを頼りに、競争社会を生きる。 時の流れは速度を増した。かつては人生に合わせて刻まれていた時間が、今では、移り変わる嗜好に合わせて過ぎ去っていく。明治時代、「夢を求める個人」として再生した日本人さえ、時空の狭間の「孤人」となりつつある。 さて、これ...
俳句・第二芸術から世界へ | 2011.10.06 Thu 11:29
世界を覆いつつあるこの波は、これまでに日本が経験してきたどの3つの波よりも、はるかに大きい。 グローバル化―――人々はそう呼びながら、夢を抱いて身を投ず。しかしその打ち寄せるところは、混乱という名の岸辺かもしれない。果たしてこの巨大な波は、いかなるものか?
俳句・第二芸術から世界へ | 2011.10.01 Sat 23:22
西洋との接触は、個人の集合体としての社会を形成する基盤となった。つまり、理想を知ることにより完全性の欠如を認識した人々は、「個人」としての眼を持った。そして、善悪を自ら判断しながら、他者と関わりを持つ道を選んだのである。文学上、ここに口語体が台頭する。 さて、これまで述べてきたことには、違和感を持つ者も多かろう。特に俳句においては、西洋の写実主義に感化され、子規は客観を唱えたのではなかったか・・・と。 第3の波がもたらした最大の変化は、「個人」を生み出したところにある。個人の眼が生じた...
俳句・第二芸術から世界へ | 2011.09.25 Sun 10:28
905年、初の勅撰和歌集である古今和歌集が成った。正岡子規は歌よみに与ふる書の中で、その撰者である紀貫之を「下手な歌よみ」であるとし、それまで国家の至宝としてあったこの歌集を地に貶めた。 子規は言う。 「古今集」はくだらぬ集に有之候。その貫之や「古今集」を崇拝するは誠に気の知れぬこと・・・駄洒落か理窟ッぽい者のみに有之候。 たしかに、万葉の歌が心情を発散させる傾向にあるのに対し、それを内に秘めたまま、深い瞑想(迷走)状態に陥ってしまう歌の数々。あたかも型にはまるかのように、切り取った...
俳句・第二芸術から世界へ | 2011.08.19 Fri 10:26
蝉しぐれ言葉つたなく黙祷す先日、墓参りに行った日の朝、蝉の羽根を運んでいる蟻を見つけました。蟻を追いかけて行く時間がなかったので、とりあえず写真を撮っておいたのですが、今朝、ゴミを出しに行った帰りに、またまた、蝉の羽根を運んでいる蟻を見つけました。ひらひらと揺れながらゆっくり移動していく羽根を見ていたら、昔、教科書に載っていた、三好達治の詩◆蟻が蝶の羽をひいて行くああヨットのようだ◆を思い出しました。この詩は、純粋な感動を詩に表現していて、とても好きだったので覚えているのですが、蝉の羽根では、...
写真俳句・無一庵 | 2011.08.11 Thu 23:00
和田誠『五・七・五交遊録』(白水社,2011/06) いつもながらその守備範囲の広さ、洒脱ぶりにおそれいる和田誠であります。今回は「俳句をおかずに思い出ばなしのご飯を召し上がっていただく[あとがき]」趣向で一席。六歳で初めて作った俳句からはじまり、その処女作が掲載された「我等が親戚句会」選句集の紹介から戦前の風流な親戚づきあいの様子が浮ぶ。高校では似顔や替え歌に熱中するなかで古典的名句のパロディもものにする。美大卒業後、グラフィックデザイナーとして活動するなかで矢崎泰久と知り合い、小さな判形の総合雑...
更・ぅれしぃがらし日記 | 2011.07.29 Fri 18:53
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