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JUGEMテーマ:千葉 岩野見 路傍の石仏 市役所通りの西側は、平成から令和にかけてアリオやカインズホームなどが誘致されて平日も賑わい、 しかし、岩野見は静かに平和な日々を 路傍には馬頭観音が佇み 道行く人々の安全を祈り 三面六臂のお姿は、やさしい笑みをたたえ 宝暦十年(1760) 道標として五井や八幡への道筋も示され、多くの牛馬がこの道を 奥の4つの小祠も馬頭観音 こちらは、村...
東いちはらエコミュージアム[BLOG 文化歴史] | 2020.07.03 Fri 07:21
JUGEMテーマ:千葉 市原市水神社 庚申塔 小雨の降る小径を、水神社に参拝。 境内には,富士塚の前に庚申塔 三猿 聞かざる 見ざる 言わざる 元禄11年戊寅 (1698年) 元禄2年 松尾芭蕉『奥の細道』の旅をする。 元禄8年 中野に犬を収容する犬小屋を設置。現在、中野区役所南に犬数匹の像が建っている。 元禄14年 江戸城松の廊下で、赤穂藩主浅野長矩が吉良義央に切りつける。(赤穂義士事件) 元禄16年 相模トラフ大地震 (元禄大地震) 庚...
東いちはらエコミュージアム[BLOG 文化歴史] | 2020.07.01 Wed 14:21
JUGEMテーマ:千葉 上総国町村誌 岩野見村 上総国町村誌によれば、 元々は五井村に属し、のちに岩野見村となった。 維新前は、永井氏が領有していた。 戸数31 人口144 馬3 段別 36町8段8畝2歩地 税金 253円5銭 氏神 岩野見神社 寺 平地山自性院 真言宗 (上総国町村誌 明治22年7月 小澤治郎左衛門 市原市立図書館収蔵) 氏神を「岩野見神社」と記されていることについては、 根田に「根田神社」 加茂に「加茂神社」 と記されているように、やや...
東いちはらエコミュージアム[BLOG 文化歴史] | 2020.07.01 Wed 07:23
JUGEMテーマ:千葉 市原市 岩野見 小雨の降るなか田の中に浮かぶように村落が静かに、今日という一日を かつては、五井−八幡宿の中間あたり、ひっそりと 現在は、ARIOなど郊外型大規模商業施設の北側に隣接し しかし 雑踏に埋もれることなく、集落のなかは静謐な落ち着きがそのままに 道は、緩やかに曲がり 風が吹き 20世紀に設計された街は、道が直行 神社や石仏などなく、コンクリートとアスファルトで被われ、家々は塀で閉ざされ あるいは、家々...
東いちはらエコミュージアム[BLOG 文化歴史] | 2020.06.30 Tue 20:14
JUGEMテーマ:千葉 蟷螂 花の上に、いろいろな虫が訪れて 夜、生まれ ひもじさに耐えつつ、やっと花の上まで攀じ登り 花は雨に濡れ 小さな虫、それとも花粉や蜜も? これから一か月くらいの間に、自分の力で30倍くらいの大きさに成長しなくてはならず そして そこまで生きることができる確率はあまりに少なく 梅雨の夜 蟷螂と生まれ 花に歩す 生きるということは大変だ、とつくづく
東いちはらエコミュージアム[BLOG 文化歴史] | 2020.06.26 Fri 09:09
JUGEMテーマ:千葉 梅雨 田に雨が降り、稲も順調に育ち これだけ均一に、斑になることもなく すべての田に均一に水を張り、雑草が生えることもなく 3000年前に大陸から九州北部に渡来した稲作 日本の伝統的な農業となり、現代に 梅雨空の一日、長靴を履いて傘をさし こういう散歩も、亦楽しく 小学生1年生のころ、田んぼ道 水たまりを探して歩き ザリガニを釣り 泥んこになって帰宅 そんなことも 今の小学生...
東いちはらエコミュージアム[BLOG 文化歴史] | 2020.06.22 Mon 17:11
JUGEMテーマ:千葉 田に雨が降り、稲も順調に これだけ均一に、斑になることもなく すべての田に均一に水を張り、雑草が生えることもなく 3000年前に大陸から九州北部に渡来した稲作 日本の伝統的な農業となり、現代に 梅雨空の一日、長靴を履いて傘をさし こういう散歩もよいのでは? 小学生1年生のころ、田んぼ道 水たまりを探して歩き 泥んこになって帰宅し そんなことも 今の小学生は、アスファルトの歩道を颯爽と楽しそ...
東いちはらエコミュージアム[BLOG 文化歴史] | 2020.06.22 Mon 08:07
JUGEMテーマ:千葉 島穴神社 島穴 shima_ana 姉崎 ane_saki 母音交替に基づく変化? 「ana」の接頭辞・接尾辞は地名に散見される。 「穴」のつく地名 http://chimei.jitenon.jp/data/kanji.php?kanji=%E7%A9%B4 千葉市穴川 羽田穴守町 など東京湾沿岸にも「穴」のつく地名は散在。 「an」は、古代朝鮮語の可能性も指摘され、「任那」(ミマナ mima_ana)なども視野に入れて考える必要があるか? 島穴神社 境内 旧境内はJR内房線を超えて北側にも広...
東いちはらエコミュージアム[BLOG 文化歴史] | 2020.06.21 Sun 11:23
JUGEMテーマ:千葉 更級日記 寛仁4年(1020)から康平2年(1059) 作者である菅原孝標13歳から52歳頃までの約40年間が綴られている。 冒頭 あづま路の道の果てよりも、なほ奥つかたに生ひ出たる人、いかばかりかは あやしかりけむを、 いかに思ひはじめけることにか、世の中に物語といふもののあんなるを、いかで見ばやと思ひつつ、 徒然なる昼間、宵などに、姉、継母などやうの人々の、その物語、かの物語、光源氏のあるやうなど、 ところどころ語るを聞くに、いとどゆ...
東いちはらエコミュージアム[BLOG 文化歴史] | 2020.06.20 Sat 10:32
JUGEMテーマ:千葉 寿司ネタ 青柳 いわゆるバカ貝 「青柳(あおやぎ)」はむき身の食用部分 「青柳」の由来は、市原市青柳!? 市原市の漁業協同組合は、6つ 八幡 君塚 五井 青柳 今津 姉崎 青柳は明治33年から海苔養殖が始まり活況を呈し、明治大正時代には魚介類も東京市場へ出すように 当時の日本は 日清戦争 日露戦争 第一次世界大戦 と、国難を乗り越えASIAの大国へ驀進している最中で、[国家/国民/国語]の確立が国の大きな目標。 東...
東いちはらエコミュージアム[BLOG 文化歴史] | 2020.06.20 Sat 09:15
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