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男は絶望ヶ淵に立っていた。 絶望ヶ淵は人々が勝手にそう呼ぶだけで、ほんとうはそこに正式な名前はなかったが、意味としては全くはずれともいえないので、そこはやはり絶望ヶ淵なのであった。 絶望ヶ淵には腰のまがった老婆がひとり、あとは荒廃した赤黒い大地がえんえんと続いているだけである。頭上には濃灰の雲がぶ厚くたれこめ、全てを覆いつくすように地平線の向こうまで広がっていた。 老婆は言った。 「わすれものは?」 そう問われて、男はあごに手を当てすこし考える。 「そうだな。……筆と紙と絵の具を」 す...
just kidding | 2008.09.04 Thu 16:26
女はおろかで従順で屈託のない女であった。 それは女の一面ではあったかもしれないが、しかしながら、女の本来の姿ではなかったかもしれない。 それは男が望んだ女の一面であった。 女はそれを演じつつ、心の底からそうありたいともおもっていた。
just kidding | 2008.09.03 Wed 21:46
かのお方はよろしいと言われた。そのため女は白濁の霧にまみれし宵の闇をこえて川のみなもにただよう蓮の花を手折ると光ともるるなつかしい我が家をふりかえりはせず川へと足を踏み入れ、川底へと沈んでいった。それからのち女は何年も帰ることなし。その川の岸にて久しく女のすがたをみとめし者、女のその異様な姿に呆気にとられもっていた木枝の束をありったけおとしてしまった。女の姿たるやまるで女神が具現したかのごとく、あるいはまるで捨てられた汚い襤褸切れのごとき。その者はその場で目をつぶし、女はまたいずれかへ姿を消...
just kidding | 2008.09.01 Mon 16:16
朝降り始めた雨はいつまでも止まずに、乾いていたはずの地面に大きな水溜りをいくつもつくった。 傘立に刺さったたくさんの中から自分のものを見つけ出して、小さく深呼吸してからどんよりと曇った空を見上げる。 しとしとと震えているような雨音の中で「ばいばい」「また明日ね」と言葉が飛び交って、何人かの姿が雨の向こうに見えなくなった。 雨は嫌いだ。 その音も、ひんやりとした冷たさも、気づかないほどにだんだんと、少しずつ僕を不安にさせる。 そう。だから雨なんて嫌いだけど。 「ごめんね。待った?」 雨音...
Chocolate box. | 2008.08.30 Sat 17:58
ある丘に、きれいな瑠璃色の羽をもったツグミがいた。 丘の天井からほとんどはパステルピンクに、ずっと低いところはコンポーズグリーンににじんで、うつくしいグラデーションの空を作っていた。 丘の中央には大きな木があり、それはこんもりと鮮やかな緑葉をはぐくんでいた。緑に埋もれるようにして、小さな点のような赤や黄色や白の花をつけていた。 丘をおおう青々とした野原に、その鮮やかなごくさいしきの木は堂々とそこにあって、それは息をのむほどうつくしい光景だった。 ツグミはその正しき生気にみちた木の枝に...
just kidding | 2008.08.28 Thu 11:46
「私はずっと、あなたに永遠の愛を誓ってまいりました。私は私にできる、最高の贈り物を、あなたに捧げてまいりました。最大の愛を、あなたに捧げてまいりました。けれどあなたは、私の愛では不満だというのですか」男がそう問いかけると、女は少し俯いて目を伏せ、こう答えた。「ええ、不満です。不満ですわ。これ以上ないくらいに」女のその答えに、男はすっかり失望して、肩を落とし、うなだれて女の家を去っていった。一人のこされた女は、男の背中が見えなくなったことを確認すると、しくしくと泣き出した。 女にとって、最高の...
just kidding | 2008.08.27 Wed 23:09
あるところに、神に愛された者がありました。 かの者は、愛を知っていたので、たくさんの人を愛すことができ、彼自身もまた、 たくさんの人から愛されました。 かの者は、神を愛しました。 またあるところに、神に愛されなかった者がありました。 かの者は、愛を知らなかったので、たれのことも愛せず、彼自身もまた、 たれからも愛されることはありませんでした。 かの者は、神を憎みました。 二人をおつくりになられた神は、二人の父であり、 まったくべつのものでもありました。
just kidding | 2008.08.26 Tue 23:23
「僕のことがお嫌い?」「いいえ、そうではありませんわ」「じゃああなたは、僕のことがお嫌いではないと?」「ええ、嫌いじゃありません」「それはつまり、僕のことが嫌いじゃないということですね」「ええ、そう申しておりますわ」
just kidding | 2008.08.26 Tue 23:11
君はいつだって僕のひとつ前を歩いていた。 スポーツでも、テストの点でも 友達の数だってそう。 その距離は手を伸ばせば届きそうで やっぱり届かない。 どうして僕は君じゃないんだろう。 「ねえ」 聞こえるか聞こえないかの小さな声。 夏の気だるい暑さの中に吸い込まれて消えてしまいそうなくらいに小さな。 だけど君は振り向いて 「なに?」 と首を傾げた。 ああ、よかった。 僕は何をしても君に足りないから だんだんと君が遠くなるようで時々不安になる。 だけど、ほら まだ君は近くにいるみたい。 ...
Chocolate box. | 2008.08.20 Wed 15:26
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