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神功皇后(じんぐうこうごう)は筑紫から大和へ帰る時、喪船に生まれたばかりの我が御子を乗せ、御子が亡くなったと嘘を言いふらします。 これは朝廷にも伝わります。それは、これから起こるであろう、亡くなった仲哀天皇の後継者争いで、命を狙われかねない我が御子を、皇太子とするための神功皇后のはかりごとの一つでした。 こうして神功皇后が大和へ登ってくると、案の定、異母兄の香坂王(カゴサカノミコ)と忍熊王(オシクマノミコ)の兄弟が神功皇后を討ち取ろうと待ち構えていました。 二人は事の成否を占うため...
'ものがたり'散策 | 2018.07.17 Tue 18:28
第十三代成務天皇(せいむてんのう)は御子を亡くしたため、兄弟である倭建命(ヤマトタケルノミコト)の御子である帯中津日子命(タラシナカツヒコノミコト)が、傍系ですが皇位を継ぎます。第十四代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)です。 仲哀天皇は大和を離れ、穴門(あなと、長門国西部、関門海峡を望む土地)、筑紫にて天下を治めます。仲哀天皇の御世には淡路島を屯倉(みやけ、朝廷の直轄領)に定めています。 仲哀天皇が大后である息長帯比売命(オキナガタラシヒメノミコト)こと、神功皇后(じんぐうこうごう)との間...
'ものがたり'散策 | 2018.07.16 Mon 18:30
景行天皇(けいこうてんのう)の御子のうち、若帯日子命(ワカタラシヒコノミコト)が皇位を継ぎ、第十三代成務天皇(せいむてんのう)となります。 古事記には、成務天皇に和訶奴気王(わかぬけのみこ)という一神の御子についての記述がありますが、消息が明快ではありません。日本書紀には御子の存在ですら記述がありません。よって古事記に記載されている御子は、若くして亡くなったものと考えられます。 これまでの皇位は、直系によって継承されてきましたが、成務天皇の御子が皇位を継ぐことはなくなったため、第十二代天...
'ものがたり'散策 | 2018.07.15 Sun 18:29
倭建命(ヤマトタケルノミコト)は東征を終えて、大和へ帰還の途中、足柄から信濃を超え、信濃の坂の神を説得し、尾張に入ります。 そこには東征に出発する途中に、結婚を約束していた美夜受比売(ミヤズヒメ)がいます。ヤマトタケルノミコトは、彼女の家に行き、その約束を果たします。 彼女は尾張の国造(くにみやつこ、地方を治める官職)の祖に当たる家系でした。なのでヤマトタケルノミコトには大御食(おおみけ、天皇の御膳)と大御酒盃(おおみさかずき、天皇に差し上げるお酒)が振る舞われます(ヤマトタケルノミコト...
'ものがたり'散策 | 2018.07.14 Sat 18:31
ヤマトタケルノミコトは西征を終えましたが、父である景行天皇は間を置かず、東方十二道(ひむかしのかたとおあまりふたみち、東海地方を中心とした諸国)の荒ぶる神、及び従わない者どもを説得して平定せよと命じました。 前節を読んでくださった方はご存知の通り、景行天皇によるヤマトタケルノミコトの、ていの良い二度目の追放です。 さすがにヤマトタケルノミコトも、天皇の意向を不審に思い、出かける前に伊勢神宮にお参りして、そこにいる叔母の倭比売命(ヤマトヒメノミコト)に次のように尋ねます。 「天皇は本当は...
'ものがたり'散策 | 2018.07.13 Fri 18:29
垂仁天皇の御子のうち、大帯日子淤斯呂和気命(オオタラシヒコオシロワケノミコト)が皇位を継ぎます。第十二代景行天皇(けいこうてんのう)です。 景行天皇は、たくさんの妻を持ち八十人の御子を授かりました。これらの御子のうち、若帯日子命(ワカタラシヒコノミコト)と、小碓命(オウスノミコト)と、五百木之入日子命(イオキノイリヒコノミコト)の三王は、皇位を継承する資格を持つ太子(ひつぎのみこ)となります。 そしてワカタラシヒコノミコトが第十三代成務天皇(せいむてんのう)となります。またオウスノミコト...
'ものがたり'散策 | 2018.07.12 Thu 18:25
皇后である母親の沙本毘売命(サホビメノミコト)は自害してしまいましたが、その御子である本牟智和気御子(ホムチワケノミコ)は、父親の垂仁天皇のもとで育てられます。 垂仁天皇は ホムチワケノミコを大変可愛がり大切に育てますが、あごひげが胸元に届く歳になっても言葉を発しませんでした。 ある時、空高く飛んでいく白鳥の声にホムチワケノミコが口をパクパクさせてものを言うしぐさをしめしたので、垂仁天皇は山辺大鶙(ヤマベノオオタカ)に、その鳥を捕らえてくるように言いつけます。 彼はあちらこちら...
'ものがたり'散策 | 2018.07.11 Wed 18:30
伊玖米入日子伊沙知命(イクメイリビコイサチノミコト)が天皇に即位します。第十一代垂仁天皇(すいじんてんのう)です。垂仁天皇は二人の后と五人の妃との間に十二神の王と三人の女王を儲けました。そのうち大帯日子淤斯呂和気命(オオタラシヒコオシロワケノミコト)が第十二代景行天皇となります。 垂仁天皇は沙本毘売命(サホビメノミコト)を皇后としました。ところでサホビメノミコトの兄の沙本毘古王(サホビコノミコ)(兄妹は、第九代開化天皇の子、日子坐王(ヒコイマスノミコ)の子)は妹のサホビメノミコトに「夫...
'ものがたり'散策 | 2018.07.10 Tue 18:43
第九代開化天皇(カイカテンノウ)崩御後、第三皇子であった御真木入日子印恵命(ミマキイリビコイニエノミコト)が即位します。第十代崇神天皇(スジンテンノウ)です。 崇神天皇は三人の皇后との間に十二神の皇子女をもうけました。そのうちの豊鉏比売命(トヨスキヒメノミコト)は伊勢神宮を祭りました。(これは未婚の内親王が伊勢神宮に奉仕する「斎宮」の起源を語ったものと思われます)そして伊玖米入日子伊沙知命(イクメイリビコイサチノミコト)が皇位を継いで第十一代垂仁天皇(スイニンテンノウ)となります。 ...
'ものがたり'散策 | 2018.07.09 Mon 18:25
天皇の家系は代々子に受け継がれてゆきます。これより原文では、綏靖天皇から開化天皇までの八代を、単に系図をたどるような記述が延々続くことになります。物語としては面白みにかけるといえばそういうことになるのでしょう。なのでわたしも御名だけを箇条書きでメモを残すに留めたいと思います。ここを飛ばしたとしても後の物語は理解できるはずです。 ■ 第二代 綏靖天皇(すいぜいてんのう) 神沼河耳命(カムヌナカワミミノミコト) ■ 第三代 安寧天皇(あんねいてんのう) 師木津日子玉手見命(シキツヒコタマテ...
'ものがたり'散策 | 2018.07.08 Sun 18:43
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