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古典文学

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古典文学
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国を問わず古典文学を楽しみませんか?
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『古事記』 [下の巻] リンク

『古事記』 [下の巻] 01 第十六代 仁徳天皇(1)聖帝の世、日本の民主制形態の原型 『古事記』 [下の巻] 02 第十六代 仁徳天皇(2)影を潜める神話性、人間味あふれる物語 『古事記』 [下の巻] 03 第十六代 仁徳天皇(3)何はともあれ吉祥で結ばれるめでたい世 『古事記』 [下の巻] 04 第十七代 履中天皇 皇位継承は御子から兄弟へ 『古事記』 [下の巻] 05 第十八代 反正天皇 『古事記』 [下の巻] 06 第十九代 允恭天皇 臣下の意によって左右される天皇の座 『古事記』 [下の巻] 07 第二十代 安康天皇 徳のな...

'ものがたり'散策 | 2018.07.31 Tue 18:16

『古事記』 [下の巻] 09 第二十二代 清寧天皇崩御後、空位を治める飯豊王、それ以降

雄略天皇崩御後は、その御子である白髪命(シラカミノミコト)が皇位につきます。第二十二代清寧天皇(せいねいてんのう)です。清寧天皇には御子がおりませんでした。よって清寧天皇崩御後にはしばらく空位が生じてしまいます。 そこで皇位を受け継ぐべき王を尋ね求めると、まだ皇位を継ぐ前の雄略天皇、つまり大長谷王子(オオハツセノミコ)に殺された忍歯王(オシハノミコ)の妹の飯豊王(イイトヨノミコ、『古事記』 [下の巻] 04 第十七代 履中天皇 皇位継承は御子から兄弟へを参照)が空位を預かり、角刺宮(つのさしのみや...

'ものがたり'散策 | 2018.07.30 Mon 18:18

『古事記』 [下の巻] 08 第二十一代 雄略天皇 残虐な行為の末に得た皇位のその後

前節の残虐な行為の末、大長谷王子(オオハツセノミコ)は天皇に即位します。第二十一代雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)です。雄略天皇は前節で兄の安康天皇が、誤って殺してしまった大日下王(オオクサカノミコ)の妹の若日下王(ワカクサカノミコ)を大后として娶っています。二人の間に御子はありませんでした。 また雄略天皇は、これも前節での都夫良意富美(ツブラノオオミ)との戦いのさなかでした約束の通り、彼の娘の韓比売(カラヒメ)を娶っています。こちらの間には白髪命(シラカノミコト)という御子がいて、後に第二...

'ものがたり'散策 | 2018.07.29 Sun 18:21

『古事記』 [下の巻] 07 第二十代 安康天皇 徳のなさゆえに暗殺された天皇

允恭天皇(いんぎょうてんのう)の後の皇位は、御子の木梨之軽王(キナシノカルノミコ)と決まっていましたが、彼が即位する前に不倫で失脚したことにより、その弟の穴穂命(アナホノミコト)が皇位を継ぐことになりました。第二十代安康天皇(あんこうてんのう)です。 安康天皇は、弟の大長谷王子(オオハツセノミコ、第二十一代雄略天皇)のために、家来の根臣(ネノオミ、建内宿禰(タケシウチノスクネ)の家系)を大日下王(オオクサカノミコ、第十六代仁徳天皇の御子で允恭天皇の異母弟)の所に遣いを出して、その妹であ...

'ものがたり'散策 | 2018.07.28 Sat 18:27

『古事記』 [下の巻] 06 第十九代 允恭天皇 臣下の意によって左右される天皇の座

水歯別命(ミズハワケノミコト)こと、第十八代反正天皇(はんぜいてんのう)の後を、弟の男浅津間若子宿禰命(オアサツマワクコノスクネノミコト)が皇位を継ぎます。第十九代允恭天皇(いんぎょうてんのう)です。第十六代仁徳天皇の御子であり、第十七代履中天皇、第十八代反正天皇の同母弟にあたります。 主な御子に木梨之軽王(キナシノカルノミコ)、黒日子王(クロヒコノミコ)、穴穂命(アナホノミコト、第二十代安康天皇(あんこうてんのう))、軽大郎女(カルノオオイラツメ)、白日子王(シラヒコノミコ)、大長谷王子...

'ものがたり'散策 | 2018.07.27 Fri 18:25

『古事記』 [下の巻] 05 第十八代 反正天皇

『古事記』には、反正天皇(はんぜいてんのう)の即位前の活躍は、前章で水歯別命(ミズハワケノミコト)として記されていますが、即位後の事績は記されていません。身の丈九尺二寸半(約1.8m)などの容姿や、系譜などが記されているだけです。 それではと『日本書紀』を覗いてみると、しかしそこにもやはり記述は少なく、反正天皇の在位は、五年という短い間となっていることが分かるだけです。 では何の手がかりもないかというとそうでもありません。しかし参考資料程度の価値しかないものですが…。 それは、中国の宋の正史...

'ものがたり'散策 | 2018.07.26 Thu 18:39

『古事記』 [下の巻] 04 第十七代 履中天皇 皇位継承は御子から兄弟へ

仁徳天皇と大后である石之日売命(イシノヒメノミコト)の間には、上から伊邪本和気命(イザホワケノミコト、第十七代履中天皇(りちゅてんのう))、次に墨江之中津王(スミエノナカツミコ)、次に水歯別命(ミズハワケノミコト、第十八代反正天皇(はんぜいてんのう))、次に男浅津間若子宿禰命(オアサツマワクコノスクネノミコト、第十九代允恭天皇(いんぎょうてんのう))の四神の御子がいました。そして、長子であるイザホワケノミコトが第十七代履中天皇と呼ばれます。 履中天皇には忍歯王(オシハノミコ、第二十一代雄略...

'ものがたり'散策 | 2018.07.25 Wed 18:41

『古事記』 [下の巻] 03 第十六代 仁徳天皇(3)何はともあれ吉祥で結ばれるめでたい世

前節で仁徳天皇は、女性関係で、八田若郎女(ヤタノワキイラツメ)のことがあったにもかかわらず、腹違いの弟の速総別王(ハヤブサワケノミコ)を仲人として、ヤタノワキイラツメの妹にあたる女鳥王(メドリノミコ)に求婚しました。 するとメドリノミコは、大后の石之日売命(イシノヒメノミコト)の気性を、姉との出来事において知っていたので、仁徳天皇との結婚はできないと思い。それならと仲人であるハヤブサワケノミコと結婚することにしました。 このようなわけで、ハヤブサワケノミコは、仁徳天皇に報告に戻りませ...

'ものがたり'散策 | 2018.07.24 Tue 18:22

『古事記』 [下の巻] 02 第十六代仁徳天皇(2)影を潜める神話性、人間味あふれる物語

大后の石之日売命(イシノヒメノミコト)は仁徳天皇(にんとくてんのう)の女性関係によく嫉妬をしました。そのため仁徳天皇がそばに置こうとした妃たちは、宮中に入ることもできず、もし目立ったことなどすれば、イシノヒメノミコトは、じたんだをふんで、妬みの心を隠そうとしませんでした。 それでも、仁徳天皇は、吉備国(岡山県と広島県東部)の海部をを統率していた海部直(あまべのあたい)の娘、黒日売(クロヒメ)が、容姿麗しいと聞いて、召し上げて側で使うことにします。しかしクロヒメは、大后の妬みを恐れて、船...

'ものがたり'散策 | 2018.07.23 Mon 18:27

『古事記』 [下の巻] 01 第十六代 仁徳天皇(1)聖帝の世、日本の民主制形態の原型

すでに述べた通り、大雀命(オオサザキノミコト)が第十六代仁徳天皇になります。([中の巻] 16 第十五代 応神天皇(2)天皇崩御後の三皇太子を参照)この節では、仁徳天皇の系譜と主な事績について語られます。 仁徳天皇は建内宿禰(タケシウチノスクネ、成務朝から仁徳朝まで長寿を保ち、歴朝の大臣を務めた伝説上の人物)の子である葛城之曾都毘古(カツラギノソツビコ)の娘、石之日売命(イシノヒメノミコト)を大后としました。 そして、その間に生んだ、後の世に重要と思われる御子には、伊邪本和気命(イザホワケノ...

'ものがたり'散策 | 2018.07.22 Sun 18:11

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