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第十部 1.

  都内にある夜の病院は静かで、人一人もいないような廊下で克と圭の父親がベンチに腰掛けて祈るようにして項垂れている。所々点灯している蛍光灯が頼りなく感じ、あたりを薄暗く、不気味に演出しているようである。 二人の男が深いため息をつくその廊下の景色はまるで重病患者が今か今かというような暗い雰囲気である。そのような大袈裟な演出はやめなさい、と事情を知る他の人から見たら率直にそう思うであろう。 だが、二人にとっては大事な人であるからそうなるのも無理もなかった。

:+: notebook :+: | 2010.09.07 Tue 09:27

第九部 15.

  実家に帰ってから一週間経った頃に克からの電話が掛かって来た。「克、今からこっちに来るの?」『ええ、行きますよ。仕事もまあ……落ち着きましたから』 言葉を濁しながら答える克に、彼女は大丈夫なの? と訊ねた。『大丈夫。じゃあそっちに行きますね』「分かったわ。無理しないでね」『オッケー。愛してますよ、また後で』「ええ、愛してるわ。待ってるわね」 このやり取りを聞いていた父親は少し赤くさせながらこっちに来るのか、と訊いた。「そうよ、大丈夫みたい」 そう言った後に吐き気を催してきた。圭はしかめ面...

:+: notebook :+: | 2010.09.07 Tue 09:26

第九部 14.

  久し振りの実家の空気を吸い込んで母親の思い出が甦った。セピア色の思い出である。 もう遠い遠い昔のようで、目を細めながら寝室に仕舞ってあるアルバムを取り出そうと考えた。「ねえ、お父さん。久し振りにアルバム見ない?」「そうだな。よし、待ってて」 寝室にある本棚には、アルバムでたくさん並んでおり、一人娘のために作られたアルバムや両親の付き合った頃や結婚式の写真なども保存している。 父親は懐かしく感じて、まず手始めに付き合った頃のアルバムから結婚までのアルバムを一気に取り出してリビングへ出た...

:+: notebook :+: | 2010.09.07 Tue 09:25

第九部 13.

  どうも、お腹が痛いと見て取れるような格好で歩いている圭は、スーツケースを引き摺るようにしていた。 ゲートには彼女の父親が待っていると聞いていたのでキョロキョロと探し回った。すると慌てて駆け出して来る初老の男性を見つけた時は父親である事が認識されて、目を輝かせながら手を振った。「おうい、お帰り!」 父親ははちきれんばかりの笑顔で娘を出迎えた。ロイドが目を覚ましてキョロキョロとさせ、彼女の父親と目が合った時は泣き出した。

:+: notebook :+: | 2010.09.02 Thu 09:24

第九部 12.

  果てしなく続く道――アメリカ大陸を横断するルート80というものが存在するのだが、そこには人気がない旅人の道である。灼熱に煽られる一台の車が全疾走している。 砂煙を十メートルくらい吹き上がらせながらも走っていた。その車は普通のアウトドア用の車であり、車体がぎらつく太陽に照らされて反射しており、車を見かけた人にとっては眩しかった。幸いそれで運転手の顔や特徴を見られなくて済む。 更に、ガソリンスタンドはセルフサービスになっているため、騒ぎさえ起こさなければそこの主に怪しまれなくて済む。アメリカ...

:+: notebook :+: | 2010.09.01 Wed 09:29

第九部 11.

  それから数日後、イースターが始まった。イースターとは、キリスト教のお祭りで最大のものであり、世界中のキリスト教を信仰している人々が祝うのである。キリストがゴルゴタの丘で十字架に架けられた後復活したことをお祝いするものである。 ロンドンの四月にメインであるイースターで、子供達は卵の形をしたチョコレートを貰うのである。 そのチョコレートはとても大きいものであり、店頭にもずらっと並ばれている。 その頃ニューヨークでも復活祭のパレードが盛大に行われた。このパレードは世界でも有名なものであり、...

:+: notebook :+: | 2010.09.01 Wed 09:27

第九部 10.

 「ねえ、ロイドったら口をモゴモゴさせて物欲しそうにしているわ。誰に似たんでしょうね」「さあ……圭じゃない?」「失礼ね、わたしはそうじゃないわ」「じゃあ誰?」 克は肩をすくめながらおどけた。圭は頬を膨らませながらもういいわよ、とそっぽ向く。「ふふ、僕にソックリだね、そこは。だって、あまりにも欲しいものはなんとしてでも手に入れようとしたのだから」「あら……?」 克の言葉に圭がいぶかしんだので彼はギョッとして墓穴を掘ったのかと思わされた。「何?」 なるべく冷静に装いながら圭の顔を見つめる。

:+: notebook :+: | 2010.08.30 Mon 09:37

第九部 9.

  外はカラッと乾燥していてぎらぎらと照りつくカリフォルニアの空が、街からかなり外れたところにポツンと淋しそうに佇まいを見せている建物を見下ろしている。 その灰色のコンクリートで固められた建物の中は異常なほどに湿っている。風をあまり通さないからだろうか、湿っているのだが日本と違ってひんやりとした空気が漂っていた。 その一室に男がひっそりと息づいている。呼吸は規則正しく行っている。その男は寝転び、紙らしきものを手に持ってじっと見つめている。

:+: notebook :+: | 2010.08.29 Sun 10:42

第九部 8.

 「克、この子綺麗ね。あなたソックリだわ」 肌の白い赤ん坊は圭の腕にすっぽりと収まってすやすやと眠っている。色素が薄いがために髪の毛は薄い茶色であり、目も薄い茶色であった。「鼻のところなんか、圭にソックリですよ」 そう言ってクスクスと笑った。彼女の肩に手を回して寄り添う。

:+: notebook :+: | 2010.08.28 Sat 09:53

第九部 7.

  ロンドンに着くや否や自宅へ大急ぎで帰って来た克は真っ先に妻に会いに行く。「ただいま! 圭!」 庭にいた妻の背中を見つけると嬉しそうに声を張り上げて背中から抱きついたので、圭はビックリして早かったのね、と大きなお腹を抱えながら克の熱烈なキスを浴びせられた。「やだ、克ったら、苦しいわ」「会いたかった! この一週間淋しかった」「まあ、それで早く帰って来たの?」「仕事をさっさと終わらせて、和則に会ってきましたよ。彼は元気そうだったのでホッとしました」「本当? 良かったわ」 ホッと胸をなでおろ...

:+: notebook :+: | 2010.08.28 Sat 09:52

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