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基本データ ・字(あざな) :文長(ブンチョウ) ・武力(最大5): ・知力(最大5): 略歴劉表、韓玄に仕えていたが、赤壁の戦い後、劉備が荊州を平定の際に劉備に投降した。しかし、諸葛亮には「反骨の相がある」(謀反をする相がある)と言われ、処刑されそうになるが劉備のおかげで助かっている。武勇は素晴らしく、その後の劉備の入蜀などに活躍している。しかし、劉備死後は諸葛亮と合わず衝突し、次第に命令に従わなくなる。諸葛亮死後は、楊儀(ヨウギ)と対立し謀反を起こすが、楊儀は諸葛亮に授けられていた計略で馬...
三国志の寸評★ | 2008.12.13 Sat 03:42
基本データ ・字(あざな) :元直(ゲンチョク) ・武力(最大5): ・知力(最大5): 略歴若い頃は剣を学び、仇討ちを手伝う。そのことにより、逃亡生活をすることになる。そして、学問に励み諸葛亮らと親睦を深めた。曹操が荊州に侵攻してきた際は、劉備の軍師となり曹操軍を何度か退けている。しかし、母が曹操に捕まったことを知ると、やむなく劉備の元を去り曹操に仕えた。その後は、御史中丞などの官職についた。 感想劉備の元でもっと活躍してほしかった武将ですね。まあ、母親が曹操に捕まってしまっては、仕方な...
三国志の寸評★ | 2008.12.13 Sat 03:38
基本データ ・字(あざな) :士元(シゲン) ・武力(最大5): ・知力(最大5): 略歴荊州では「臥龍」と称される諸葛亮と並んで、「鳳雛」と呼ばれる知力の持ち主。呉の周瑜死後に劉備に仕えている。劉備の信頼は高く、益州攻めに軍師として参戦した。しかし、進軍途中の「落鳳坡」で矢に当たり、死亡してしまう。 感想「鳳雛」と呼ばれるぐらいの才能の持ち主であったようですが、あっけなく戦死していますね。もう少し活躍してほしかったなあという感じです。風采は上がらない感じだったようですが、それが諸葛亮とは違...
三国志の寸評★ | 2008.12.12 Fri 09:18
基本データ ・字(あざな) :不明 ・武力(最大5): ・知力(最大5): 略歴「太平要術」の書を仙人より授かったと言われている。その書により、太平道の教祖となった。そして、病人を治すなどして信者を増やし、布教に努めそれは中国で大きな団体となる。「蒼天すでに死す〜」という言葉を掲げ、後漢が崩壊し新たな体制を築くことを示唆し、反乱を起こした。反乱軍自体は数十万人の大きなものであったが、計画的でなかったためすぐに鎮圧されている。ただ、この乱によって中国は群雄割拠の時代を招くのである。 感想張角...
三国志の寸評★ | 2008.12.12 Fri 09:16
基本データ ・字(あざな) :不明 ・武力(最大5): ・知力(最大5): 略歴南蛮王であり、蜀に攻め入るが諸葛亮の計略により敗北する。その後、諸葛亮の南蛮征伐で争った。孟獲の武勇は高かったが、諸葛亮の計略にことごとく敗北し、7度捕えられ7度放されている。この時、孟獲は諸葛亮の度量に心服し、2度と背かないことを誓った。 感想猪突猛進のイメージが強い武将ですね。しかし、心から屈服させるためとはいえ、7度も捕える戦いをする諸葛亮の気長さも感心します。最終的には諸葛亮に心服しており、孟獲には野蛮なだけでなく義...
三国志の寸評★ | 2008.12.12 Fri 09:14
基本データ ・字(あざな) :本初 (ホンショ) ・武力(最大5): ・知力(最大5): 略歴大将軍の何進に従っていたが、何進が宦官に謀殺されてしまったため、宮中に入り、宦官を曹操らと共に皆殺ししている。その後は、董卓に実権を握られてしまったため本拠地に逃れている。そして、反董卓連合軍を結成された際に、盟主となっている。しかし、諸侯のそれぞれの思惑により連合軍は瓦解してしまう。その後は、本拠地に戻り支配地域を拡大し、曹操と覇権をかけて官渡の戦いを行う。兵力では曹操を圧倒していたが、配下の策を...
三国志の寸評★ | 2008.12.12 Fri 09:13
基本データ ・字(あざな) :仲穎 (チュウエイ) ・武力(最大5): ・知力(最大5): 略歴何進(カシン)殺害後に洛陽に入り、政治の実権を握った。そして、陳留王(チンリュウオウ)を擁立し、相国となりますます実権を握っている。しかし、悪政のため諸侯より反董卓連合軍が結成される。そのため遷都を余儀なくされるが、諸侯それぞれの思惑により連合軍は解体してしまう。その後は、より悪政を行ったため、王允の「美女連環の計」にあい、配下の呂布に殺されてしまう。死体は市街に晒され、肥満体のためへそに火を灯すと、...
三国志の寸評★ | 2008.12.11 Thu 03:27
基本データ ・字(あざな) :奉先 (ホウセン) ・武力(最大5): ・知力(最大5): 略歴最初は丁原(テイゲン)に仕えていたが、天下の名馬「赤兎馬」を董卓が送り、寝返っている。その戦闘力は高く、やがて反董卓連合軍を相手に奮戦、劉備・関羽・張飛の3人を一度に戦うなど、活躍している。その後は、王允(オウイン)の「美女連環の計」により、董卓を殺害している。しかし、その配下に反撃にあい、逃亡している。その後は、曹操の隙をついて濮陽を奪うが、すぐに奪還される。そして、劉備のもとに逃げるが、劉備の隙をついて徐州を奪っ...
三国志の寸評★ | 2008.12.11 Thu 03:25
基本データ ・字(あざな) :公瑾(コウキン) ・武力(最大5): ・知力(最大5): 略歴孫策の義兄弟。橋玄の美しいと名高い娘「二喬」の姉(大喬)が孫策、妹(小喬)が周瑜に嫁いでいる。呉を建国した立役者で、孫策と転戦し孫権にも仕えた。曹操が赤壁へ侵攻してきた際に、諸葛亮より二喬の話を聞かされ、開戦を決意した。その戦いでは、「連環の計」「苦肉の策」などにより、曹操を欺き、火攻めにて勝利した。ただ、その後は劉備と対立し戦うが、諸葛亮に見破られ、「天はなぜこの世に周瑜を生んでおきながら、諸葛亮まで生...
三国志の寸評★ | 2008.12.11 Thu 03:21
基本データ ・字(あざな) :伯言(ハクゲン) ・武力(最大5): ・知力(最大5): 略歴呂蒙の後任として陸口を任されたときに、歴史の表舞台に登場する。当時は、まだ無名の書生で関羽にへりくだった内容の手紙を送って関羽を油断させ、呂蒙と共に荊州を攻略した。また、関羽死後に呉に復讐戦を挑んできた劉備を、呉の奥深くまで侵攻させておき、布陣が延びきった所を火計にて撃破している。その後も、魏の曹休を破るなど、数々の戦果をあげている。 感想呂蒙後任の若き呉の軍師のイメージが強いです。鮮やかな計略から、...
三国志の寸評★ | 2008.12.11 Thu 03:18
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