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歴史上の人物の伝記、もしくはその人物に関する調査・研究、エッセイ、小説。既存の創作作品(小説・映画・絵画・漫画・アニメ等)中の登場人物についての論考・エッセイ類も含みます。
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島村家家史/瀧太郎(4)=兄弟

●兄弟: ・長男・瀧太郎……明治4年(1871年)2月28日(旧暦の1月10日) *注:1871年……寺社領没収/郵便開始/戸籍法制定・実施は翌年=壬申戸籍/新貨条例制定(最初の金本位制)/廃藩置県/太政官制廃止/宗門人別帳廃止/岩倉具視(46歳)ら欧米へ派遣、津田むめ(梅子・8歳)ら5少女、最初の女子留学生としてアメリカ留学、中江兆民(24歳)もフランス留学で同船/ヴィルヘルム1世(71歳)ドイツ皇帝即位、ドイツ帝国憲法発布/パリ・コミューン/南アフリカ、ダイヤモンド鉱業中心地キンバリー建設 ・二男・雅一……明治7年(1874年...

抱月Blog | 2007.11.17 Sat 12:28

島村家家史/瀧太郎(5)=妻方

●妻:島村イチ 明治8年(1875年=抱月4歳)7月17日生まれ。 *注:1875年……元老院・大審院・地方官会議設置/ロシアと千島・樺太交換条約調印/讒謗律・新聞紙条例制定/学齢を満6〜14歳と定める/平民の称姓布告/東京気象台設立/江華島事件/福沢諭吉(40歳)『文明論之概略』/清・同治帝(19歳)没、実権西太后(40歳)に/イギリス、スエズ運河株をエジプトより買収 神奈川県都筑郡都田村字池部、平民農・島村瀧蔵二女。 ●父・瀧蔵は天保14年(1843年=抱月-28歳)10月生まれ。 *注:1843年……老中・水野忠邦(49歳)の天保の改革...

抱月Blog | 2007.11.17 Sat 12:28

島村家家史/瀧太郎(6)=初年の略伝

久佐村小学校・浜田町小学校。漢英数等を私塾その他にて修む。多分は独学。 幼にして家貧。浜田町の某病院、裁判所等に糊口の資を得、裁判所雇書記となり、明治22年(1889年=抱月18歳)同裁判所検事・島村文耕(35歳)と約成り、学資月々5円を給せらるゝの定めにて翌23年(1890年=抱月19歳⇒正確には、誕生日が新暦2月28日なので19歳直前)2月、東京に出づ。着は同11日也。 *注:1889年……大日本国憲法公布/皇室典範制定/東京・京都・大阪3市の市制特例公布/東海道線全通(新橋〜神戸間)/森有礼(42歳)文相刺され、没/大隈重信...

抱月Blog | 2007.11.17 Sat 12:27

島村家家史/瀧太郎(7)=養父母

●養父:島村文耕 もと太田姓、伊豫の人。 神奈川県都筑郡田村字池辺の巡査奉職中、同村・島村タツ方へ入夫、島村姓を冒す。 後、検事に任じ、晩年辞職して弁護士となり、横浜市に開業。 明治37年(1904年=抱月33歳)9月5日、同処に於いて病歿。年51歳。 *注:1904年……日露戦争開戦/芝浦製作所設立/木下尚江(35歳)『火の柱』/『平民新聞』社説「嗚呼増税」で発禁/全国小学校で国定教科書使用開始/東京で市民大祝勝会の提灯行列、熱狂の民衆で大混乱、死者20人/片山潜(45歳)、第2インターのアムステルダム大会で副議長に...

抱月Blog | 2007.11.17 Sat 12:26

島村家家史/伝説の中の佐々山家

抱月自身は、生家の佐々山家について、あまり多くを語っていない。 地元の古老の話などから伝説化されて残っている佐々山家の話は、以下のような類型化された偉人の立身出世物語となってしまっている。 祖父佐々山一平は、久佐の豪族佐々田家に次ぐ財産を誇り、豪勢な家に住み、栄華の限りを尽くしたが、 その子半三郎(父一平)の代になると、安い洋鐵の輸入による鐵価の暴落によって鐵山業は倒産した。それ以後佐々山家は貧困に喘ぐ。 その中から瀧太郎は働きながら懸命に学問し、父母を助け、兄弟をはげまし、立派な青年に成長...

抱月Blog | 2007.11.17 Sat 12:26

祖父一平の章/1 芸石国境の某村(1)

瀧太郎(抱月)は祖父・一平と体格・顔つきがそっくりだった。(←祖父・一平を知る人たちの証言) 『家史』において抱月が「芸石国境の某村より出づ」という曖昧な表現をしたのはなぜか。 ●当時の芸石国境付近は、村の向う側はもうどういう土地柄かわからない状態だった、と捉えた場合の岩町氏の反証: ・近世以前から交通が開け、人・物資の往来は多く、言語・婚姻・宗教・文化的にも極めて密。 ・広島県山県郡の町村と島根県金城町・弥栄村・旭町・匹見町は同一の文化圏。 《例》 明治22年(1889年=抱月18歳)5月、元老院議長...

抱月Blog | 2007.11.17 Sat 12:25

抱月関連年表帳(メイン)

*年表作成参考文献:『新版 日本史年表』(歴史学研究会・編/岩波書店・刊) *注(重要):没年時の年齢は、この年表では生年を0歳として計算し(数え年計算方式ではない)、死亡年のその年齢を単純にあてているものの、当初、筆者の方針が徹底していなかったため、享年と一部混同記載している箇所があります(最大で+2歳の誤差が出ます)。もしこの年表を参考にされるかたで、厳密を期する必要のある場合は、必ずそれぞれの人物の没年時の年齢(もしくは享年)は個別に再調査し直してください。 〓〓〓〓〓 宝暦07年/1755年/抱月-11...

抱月Blog | 2007.11.17 Sat 12:24

祖父一平の章/1 芸石国境の某村(2)

 私の故郷は石州であるが、東京に出てから彼れ是れ二十餘年になる。其のあひだ、母の死んだ時の外は、一度もしみじみと歸省したことが無い。從って故郷の記憶も、大かたは遠い淡い夢のやうになって了った。たゞ所々馬鹿に際立ってはっきり想ひ出せる部分がある。  私の十ばかりの頃は、一家が久佐といふ田舎に住んでゐた。家は、四五十坪ばかりの前庭を取って、藝州境への小街道に沿うた瓦葺の一軒家で、後は深い谿谷になり、そこから可なり水嵩のある小川が横手をめぐって流れてゐる。 (「故郷の父」) 抱月が「故郷の父」で語...

抱月Blog | 2007.11.17 Sat 12:24

祖父一平の章/1 芸石国境の某村(3)

祖父一平の没年は元治元年(1864年)=抱月生年(1871年)の7年前。 つまり抱月は、祖父一平から直接、佐々山家の出身地について聞いてはいない。 とすると、父一平から聞かされた可能性が高い。 しかし、父が「芸石国境」「某村」としか抱月に伝えなかっただろうか? 明治期の文化の担い手は、没落士族か、地方の豪農・豪商の子弟が大多数。 そしてその半数は、当時の「村」出身者。 彼らは、江戸期の封建士族同様「家名」を重んじ、「家」に主体意識の源泉を置く傾向が特徴的──と岩町氏は分析。 石見の「村」から、青雲の志...

抱月Blog | 2007.11.17 Sat 12:22

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