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2011年7月28日、宮城県牡鹿郡女川町の被災状況を視察しました。1キロ以上にわたる瓦礫の集積場の間を通り、女川港に到着しました。地盤沈下で水没した街、津波で横倒しになった警察署、3階のビルの上に乗っている家屋の屋根、流されてしまった駅舎と線路…女川は震災の傷跡がまだ生々しく残っていました。 現地スタッフの末永さんの案内で、ある雑居ビルに入ってみました。この建物の1階はお店で、2階・3階は住居スペースだったようです。 「天国にいるの? 楽しい?」タンスの裏にそう刻まれた文章を見...
明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.09.02 Thu 19:53
「私が1番印象に残ったのは、気仙沼で道路沿いに打ち上げられた大きな船を見たことです。こんな大きなものがどうやって津波で運ばれるんだろうかと、考えこんでしまいました。また、たくさんの方が亡くなった場所に自分が今いるのだということが、とても胸が苦しくなりました。家の跡地にはお皿などの生活用品が落ちていて、それらを片づけていると、自分の家があること、家族がいること、そして今生きていることは、当たり前と思ってしまうことがあるけど、決してそうではなくて、日々感謝しなければならないということをあら...
明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.28 Sat 13:40
「石巻の景色は、私には灰色に見えた。そのことを見て、感じ、知ることが出来たので、私は自分の目で、灰色ではなくなってゆくのを確認しようと決心した。実際見てみないと分からないことがたくさんあり、その現実を見て、伝えることが、やれることの中の一つだと思う。そして伝えるだけでなく、これからもつながっていかなければならないと思った。」(第9陣参加生徒の感想文より、当時高3)写真は石巻市立門脇小学校、2012年8月6日撮影 「東松島に行ってまず思ったのが、立っている場所から海はみえないけ...
明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.28 Sat 13:35
「女川という津波被災地に行きました。女川は亡くなった方の人数の割合がとても高かったそうです。私たちが立っている場所で人が亡くなった可能性がある。そう聞いた時はとても怖かったです。五感全てで津波の傷跡を感じ、正直辛かったです。流されてしまった駅のホームを歩いた時、活気のあった頃の女川がとても貴いものに感じました。そして被災地の写真を撮りながら思ったことは、写真じゃ伝わらないということです。現地の状況を伝える事がこんなに難しいとは思いませんでした。不謹慎かもしれませんが、復興そのものを疑っ...
明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.20 Fri 09:43
2012年7月31日、南三陸町の大雄寺を訪ねた。生徒たちが立っている階段部分まで津波が来たそうだ。参道には80本以上の杉並木があったのだが、その多くが津波の塩害で枯れてしまった。伐採された木の一部は全壊した「あさひ幼稚園」の園舎再建のために使われた。(2012年7月31日撮影、第8陣) 大雄寺の杉の木を使って再建されたあさひ幼稚園 「私たちは4日間でたくさんの場所を訪れましたが、そこは想像していたよりもとても寂しい景色でした。どこを歩いても雑草ばかりで、まだところどころ...
明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.20 Fri 09:37
「テレビの中の被災地と、実際に見た被災地の街並みの感じ方の重さには、思っていたより、大きな差がありました。テレビで見ていた現実は、ほんの一部で、私は今回の震災の本当の恐ろしさを理解できていませんでした。深く考えていなかった自分が情けないです。そのような被災地の景色は、私にとって、何もかも失った状況にしか見えませんでした。しかし、宮城の方々は笑顔で溢れており、東北の芯の強さを感じました。そして、たくさんの方々の温かさがありました。誰もが復興を信じて毎日を戦っているように見えました。」(第...
明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.20 Fri 09:28
(8月19日の夜のシェアリングより) いざ被災地に足を踏み入れてみると、言葉を失ってしまうほど、生々しくて目をそむけたくなるような光景でした。下を見て歩けば食器のかけらがあり、前を見ればかろうじて立っている家。どこを見ても苦しくて、動きたくても呆然としてしまって足が動きませんでした。なんだかとても残酷で、思わず涙が止まりませんでした。いつもの「苦しい」や「悲しい」とかではなく、何かがつっかかったような思いでした。 私は今回初めてボランティアに参加しました。いざ宮城に到着して、目...
明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.19 Thu 07:45
仙台市若林区荒浜地区は、本当にすごく片づいた後だったんだと、今日女川に行って、思いました。女川では本当にガレキもまだまだ撤去されていなかったし、冠水している所もとても多くて、津波の生々しさがまだまだ残っていました。女川では7500人中2500人亡くなってしまったと聞いて、本当にびっくりしました。自分の町で3分の1もの人が死んでしまったとしたら、どれだけ寂しい事でしょうか。考えただけでとても悲しいし、その亡くなった人の中には、たくさんの知り合いがいるでしょう。もう、そんな事は起こってほしくな...
明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.05 Thu 09:32
ガレキの中から咲いたひまわりに元気をもらいました。2011年7月29日、奥松島の大浜海岸にて 東日本大震災の津波で児童74人、教職員10人が犠牲になった石巻市立大川小学校。先週(2021年7月18日)震災遺構として一般公開された。その式典の挨拶でも、リーフレットにも「学校管理下で」という言葉がなかったことを、遺族の方が嘆いていた。ここで何を学び、何を伝えるのか、考え続け、問い続けてゆきたいと思う。(写真は2018年7月26日に撮影) 旧北上川の河口にある日和大橋。東日本大震災...
明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.05 Thu 09:20
2019年12月14日、石巻市立門脇小学校。校舎の一部は改修され保存されることになっている。それはわかっているのだが、解体現場を見て辛い気持ちになった。(第36陣) 2019年12月16日、第36陣の最終日は、東日本大震災の津波被災地ではなく、2か月前の台風19号で被災した丸森町を訪ねた。山津波と呼ばれる土石流で集落全体が飲み込まれた姿に言葉を失った。この景色を心に刻み、次の災害に備えるために伝えて行こうと語り合った。 2011年8月1日、ゴールデンウィークの第1陣に参加した生...
明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.05 Thu 09:14
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