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あの日を忘れない16

「東松島で津波の被害を受けた家に入ると、ガラスが飛び散り、泥だらけで、たんすからはみ出た洋服や、ぬいぐるみが転がっていました。そこに住んでいた人々の命や生活が一瞬で失われてしまったことがわかり、とても辛くなりました。」(第22陣参加生徒の感想文より、当時高1,2015年8月3日撮影)   「フィールドワークでは荒浜小学校以外にも、津波の高さを忘れないため、被災した方々を忘れないための慰霊碑や、地盤沈下と津波の影響でマンホールがむき出しになっているようなところや、建物が流されてしまい...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.06.07 Mon 17:02

あの日を忘れない15

「復興がどのくらい進んでいるのか、震災のダメージはどれ程なのか、などの様々な疑問を胸に、石巻駅に降りてみると、東京の駅前となんら変わらない景色が広がっていました。『もしかしたら結構復興しているんじゃないか?』と思いました。しかし、海岸の方に近づいてゆき、色んなところを見ていくと、全然まだまだだという場所もありました。家も崩れて、線路や学校も壊れていました。だから全体的にはかなり復旧・復興していても、まだまだ行き届いていない場所もあるのだなと感じました。」(第21陣参加生徒の感想文より、当...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.06.02 Wed 15:00

あの日を忘れない14

「フィールドワークでは津波の傷跡が残る場所をいくつか訪れました。震災から4年経った今でも、更地になった土地と、津波によって傷つけられた家や学校が残っていて、改めてこの東日本大震災が残していった爪跡は大きいものだと感じました。」(第20陣参加生徒の感想文より、当時高3)写真は東松島市立浜市小学校。津波で1階が浸水したが、児童たちは3階の音楽室に避難して無事だった。2015年7月22日撮影   「大川小学校は震災前はとても広くて綺麗な校舎でした。しかし、現在の小学校の教室には机も何もなく...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.05.24 Mon 09:55

あの日を忘れない13

「入院していた患者が全員犠牲になった雄勝病院、4階建てのビルが横倒しになった女川港、津波と火災で焼け野原になった門脇町などを訪ねました。実際に被災地を訪れて初めに感じたことは、復興している所としていない所の差が激しいということです。震災から三年半が経つし、がれきが残っている所は数少なかったです。しかし、がれきが無いから復興したわけではなく、見渡すとここは津波が来たんだなとわかります。なぜかというと、あたり一面緑の原っぱがひろがっているからです。がれきではなくこの原っぱを見るだけでも、津...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.05.24 Mon 09:50

2011年5月6日

  ボランティアを終えた翌日の2011年5月6日は普通に授業があった。社会科の授業でボランティアの活動報告をした。スライドを見せながら解説をして、参加した生徒達に感想を述べてもらったのだが、まだ心の整理ができておらず、涙を流しながら被災地の状況を語っていた。昼休みに保健室に行くと、参加者たちが一か所に固まって泣いていた。昨日までは被災地いた。いまだに電気もガスも水道も通っていない所もあった。なのに東京は電気もガスも水道も普通に通っている。電車に乗って、普通に学校に通える。震災のこ...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.05.18 Tue 14:15

あの日を忘れない12

2011年5月5日、第1陣が東京に帰る前に日和山に登りました。山の上の花は綺麗に咲いているのに、その下に広がる悲惨な光景・津波の被害の大きさに、私たちは言葉を失いました。復興には時間がかかります。この景色を心に刻み、また石巻に来ようとみんなで誓い合いました。   「中でも衝撃が大きかった場所がある。東松島市大曲浜だ。東松島市に入った瞬間からガレキの山が見え、周りを見渡しても何もなかった。道も仮設の砂利道だった。唯一残されていた半壊の家を近くで見たら、家の中は生活用品がぐちゃぐちゃの...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.05.18 Tue 12:16

2021年5月5日

  2011年5月5日の最終日はボランティア・ワークはせず、石巻市内が見下ろせる日和山公園にのぼった。美しい花が咲き乱れるこの公園から港や町を見下ろすと、津波の被害がいかに大きかったかが実感できる。あまりに悲惨な風景に泣きだす生徒もいた。その風景を見つめながら、私たちは活動を振り返り、一人ずつ感想を語り合った。   言葉が出なかった。出たのは涙だけだった。津波の恐ろしさを肌で感じたが、自分がここに立っている気がしなかった。映画のような、夢をみているような、そんな感情...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.05.18 Tue 12:03

2011年5月4日

  2011年5月4日、石巻市大街道地区のアパートでボランティアをした。2メートル以上の津波により、アパートの一階部分にあった家財道具はほとんど全て使えなくなっていた。皆でバケツリレーをしながら、家の中に入り込んだ泥と家財道具を外に出して行った。     ヘドロの臭いはマスクをしていてもわかって、本当に部屋の床全部がヘドロで埋めつくされていて、それを全部かき出すのは大変でしたが、それ以上にヘドロの中から出てきた物を見て心が痛みました。数多くの思い出の写真や小さい子...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.05.17 Mon 15:57

2011年5月3日

  2011年5月3日、いよいよボランティア活動開始である。この日は石巻市渡波町祝田地区で、いくつかのグループにわかれてボランティア・ワークをした。内容は、?被災家庭の庭や側溝の泥出し、?被災家庭の畳出しや、家財道具の整理、?畑や庭に流れ込んだガレキの撤去、?支援物資の提供、?炊き出しの手伝い、などであった。   学校から持っていった支援物資のコメは全て配ることができた。「無洗米があるんですか? 嬉しい!」「東京から持ってきてくれたんですか? ありがとうございます!」と大好...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.05.15 Sat 10:46

あの日を忘れない11

「陸前高田市は、ほとんどなにもない状態でした。とても2年前の第6陣で来た時と同じ場所とは思えず、言葉が出ませんでした。2年間という時間のズレは非常に大きなものに感じられました。以前そこにあったものが今はもうない、という状況に何度も出くわしました。着々と撤去が進んでいるんだなと感じられ、そこに人が住んでいた跡が段々と消えていくようでした。自分の住んでいた地区がどんどんさら地と化していくのを見続けている方々の気持ちを考えると、何と言っていいかわかりません。こうして感じた違いをなんとか分かり...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.05.15 Sat 10:33

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