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あの日を忘れない36

2011年9月19日、雨の陸前高田。一本松は枯れかかっていたが、かろうじて残っていた(その後枯死が確認。伐採され、モニュメントとして保存整備された)。   陸前高田市立気仙中学校。屋上をさらに上回る14メートルの津波に襲われ校舎は全壊したが生徒たちは高台に避難して無事だった。震災遺構として2021年5月に内部公開された。(写真は2021年9月19日撮影)   40名の入院患者全員と24名の医師・看護師が犠牲となった雄勝病院。第19陣がここを訪ねた時にはすでに解体され、慰霊碑が建てられてい...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.09.15 Wed 13:46

あの日を忘れない35

ここに生徒を連れてきていいのだろうか?こういう景色を生徒達に見せるべきなのだろうか?いつも悩む。そんな悩みを持つようになったのは2011年7月のことだ。 その頃私は、第3陣の最後の訪問地(最後のシェアリングをする場所)をどこにしようか悩んでいた。2011年7月28日、現地コーディネーターのSさんと一緒に石巻市立谷川小学校を訪ねた。コバルトブルーの美しい海を見下ろす谷川小学校。校舎は津波によって大きく傷ついていた。そして校舎の中には子ども達の落書きが残されていた。子ども達のメッセージを見て、涙がこぼれ...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.09.15 Wed 13:40

あの日を忘れない34

石巻市中瀬の石ノ森萬画館と旧石巻ハリストス正教会教会堂。停電していたから出来たのかも知れないが、電柱に掲げられた鯉のぼりに励まされた。2011年4月29日撮影   「帰還困難区域の惨状は何度見ても衝撃を受ける。震災当時から建物は放置されたままだが、(例:ひっくり返った机、崩れた壁)一方でその姿は震災から8年経過した姿でもある。つまりその状態のまま8年放置されていたということで、看板が見えないほど高く生い茂った草などに現れているように、街の腐敗が進み、雰囲気としては少し怖く不気味な気がし...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.09.04 Sat 14:46

あの日を忘れない33

「今回被災地を訪れ町の様子を見て、一言で言うと『何もない』だった。瓦礫はほとんどを特定の場所に山積みにされており、それ以外の場所は一部を除いて砂利が敷き詰められていたり、更地になっていたり綺麗になっているように見えるのだ。これを見て私は何とも言えない気持ちになった。私の中で2011年5月の時の様子が頭から離れず、どうしてもその時とくらべてしまう。確かに復興は着実に進んでいるだろうけど、家がたくさんあって人もたくさん住んでいたのに何もなくなっているという現実…自分の中で未だに心の整理がで...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.09.04 Sat 14:40

天国にいるあなたへ

 2011年7月28日、宮城県牡鹿郡女川町の被災状況を視察しました。1キロ以上にわたる瓦礫の集積場の間を通り、女川港に到着しました。地盤沈下で水没した街、津波で横倒しになった警察署、3階のビルの上に乗っている家屋の屋根、流されてしまった駅舎と線路…女川は震災の傷跡がまだ生々しく残っていました。  現地スタッフの末永さんの案内で、ある雑居ビルに入ってみました。この建物の1階はお店で、2階・3階は住居スペースだったようです。 「天国にいるの? 楽しい?」タンスの裏にそう刻まれた文章を見...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.09.02 Thu 19:53

あの日を忘れない32

「私が1番印象に残ったのは、気仙沼で道路沿いに打ち上げられた大きな船を見たことです。こんな大きなものがどうやって津波で運ばれるんだろうかと、考えこんでしまいました。また、たくさんの方が亡くなった場所に自分が今いるのだということが、とても胸が苦しくなりました。家の跡地にはお皿などの生活用品が落ちていて、それらを片づけていると、自分の家があること、家族がいること、そして今生きていることは、当たり前と思ってしまうことがあるけど、決してそうではなくて、日々感謝しなければならないということをあら...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.28 Sat 13:40

あの日を忘れない31

「石巻の景色は、私には灰色に見えた。そのことを見て、感じ、知ることが出来たので、私は自分の目で、灰色ではなくなってゆくのを確認しようと決心した。実際見てみないと分からないことがたくさんあり、その現実を見て、伝えることが、やれることの中の一つだと思う。そして伝えるだけでなく、これからもつながっていかなければならないと思った。」(第9陣参加生徒の感想文より、当時高3)写真は石巻市立門脇小学校、2012年8月6日撮影   「東松島に行ってまず思ったのが、立っている場所から海はみえないけ...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.28 Sat 13:35

あの日を忘れない30

「女川という津波被災地に行きました。女川は亡くなった方の人数の割合がとても高かったそうです。私たちが立っている場所で人が亡くなった可能性がある。そう聞いた時はとても怖かったです。五感全てで津波の傷跡を感じ、正直辛かったです。流されてしまった駅のホームを歩いた時、活気のあった頃の女川がとても貴いものに感じました。そして被災地の写真を撮りながら思ったことは、写真じゃ伝わらないということです。現地の状況を伝える事がこんなに難しいとは思いませんでした。不謹慎かもしれませんが、復興そのものを疑っ...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.20 Fri 09:43

あの日を忘れない29

2012年7月31日、南三陸町の大雄寺を訪ねた。生徒たちが立っている階段部分まで津波が来たそうだ。参道には80本以上の杉並木があったのだが、その多くが津波の塩害で枯れてしまった。伐採された木の一部は全壊した「あさひ幼稚園」の園舎再建のために使われた。(2012年7月31日撮影、第8陣) 大雄寺の杉の木を使って再建されたあさひ幼稚園   「私たちは4日間でたくさんの場所を訪れましたが、そこは想像していたよりもとても寂しい景色でした。どこを歩いても雑草ばかりで、まだところどころ...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.20 Fri 09:37

あの日を忘れない28

「テレビの中の被災地と、実際に見た被災地の街並みの感じ方の重さには、思っていたより、大きな差がありました。テレビで見ていた現実は、ほんの一部で、私は今回の震災の本当の恐ろしさを理解できていませんでした。深く考えていなかった自分が情けないです。そのような被災地の景色は、私にとって、何もかも失った状況にしか見えませんでした。しかし、宮城の方々は笑顔で溢れており、東北の芯の強さを感じました。そして、たくさんの方々の温かさがありました。誰もが復興を信じて毎日を戦っているように見えました。」(第...

明学東村山有志ボランティア・チームのブログ | 2021.08.20 Fri 09:28

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