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紅林君の憂鬱「何処にも無い国の物語」

 紅林は今日、少し憂鬱だった。珍しく早めに学校に着き、講義室に向かおうと廊下を歩いていたら、突然誰かが彼の名前を叫んで飛びかかってきた。動きがトロかったので、さっと身をかわして足払いを掛けたら、その男は勢い良く壁に激突して崩折れた。眼鏡のフレームが歪んで、見るも無残な横顔を晒していたが、紅林の知った顔ではない。「俺に何か用?」放って置こうかと思ったが、一応殴りかかってきた理由くらいは知りたいので聞いてみた。床に倒れた男は歪んだ眼鏡をかけ直し、涙で滲んだ見苦しい顔で唾を飛ばしながら叫んだ。...

白嘘物語‐つくもうそ物語 | 2012.01.18 Wed 23:26

財布を飼う

 お金が無い。先月、バイト先を上司とケンカして辞めてしまった。わずかばかりのバイト代が振り込まれたが、家賃や携帯代を払ったら、もう無いも同然だ。就活はしているものの、まだ仕事が見つからない。 このご時世、正社員の口はなかなか無い。もっとも、それは特に自慢できるスキルも無い自分のせいでもあるが。家に居てもする事が無いし、少しは体を動かそうと、近場の商店街まで散歩に出て来た。お金が無いので、何か買うわけではない。まぁウィンドー・ショッピングだ。商店街の寂れた一角に、これまた寂れた骨董屋があった...

白嘘物語‐つくもうそ物語 | 2012.01.14 Sat 19:49

昇降機小景-その二

 母さんが出て行って父さんと二人の生活になったが、僕の事を心配した、父方のお祖母ちゃんや叔母さんなどが、時々家に来ては料理や掃除をしてくれたので、僕の生活は案外と落ち着いて平和だった。多分、母さんがいなくて淋しいと思ったのは、最初の二日くらいだったと思う。 その後、男二人の生活に慣れてしまえば、それは意外と気楽でのんびりしたもので、いつもキビキビと規則正しく、潔癖症で神経質だった母さんと二人暮しをしなくて良かったと、僕は密かに胸をなでおろしたほどだ。 父さんは、母さんと僕が月に何度か会う機会...

白嘘物語‐つくもうそ物語 | 2012.01.11 Wed 20:53

杏子の家「家へ帰ろう【二版】」

  私は杏子。お父さんは時計屋さんで家の一階がお店なの。 家の壁に大きな時計が飾ってあって、町の人がみんな見るのよ。ここに時計があるとすごく便利なんだって。私も学校の行き帰りに必ず見るんだ。まだ、ちょっと早いから本屋さんに寄って帰ろうかな。「家へ帰ろう【二版】」   JUGEMテーマ:陶芸  JUGEMテーマ:短編小説

白嘘物語‐つくもうそ物語 | 2012.01.06 Fri 22:00

ヤーティの家「家へ帰ろう【二版】」

わたしはヤーティ。わたしの家は乾いた灰色の土地にポツンと建ってる。遠く旅してきた人たちが泊まれるように、いつも一部屋空けてあるの。今日は父さんに頼まれて、町までお酒を買いに行った。町には何でもあるし、見てて飽きないけど、早く帰らなきゃ。あんまり暗くなると、一人で帰るの怖いから。「家へ帰ろう【二版】」  JUGEMテーマ:陶芸JUGEMテーマ:短編小説

白嘘物語‐つくもうそ物語 | 2011.12.30 Fri 21:51

試金石「何処にも無い国の物語」

ようやく雪が雨に変わった夜、誘われて、久しぶりに友達と飲みに行った。 カウンターだけの小さなバー。カクテルが安くて、女性にも優しいお店に二人して飛び込んだ。 あんまり飲んだりしない子なので、何か有ったのかな、と思っていたが、案の定、面倒な恋をしているらしい。 綺麗で聡明、人見知りで簡単に男と付き合う子じゃない。この子が好きと言うのなら、それは誤魔化しの無い本気の恋なのだろう。 でも、相手の気持ちははっきりしないみたいだ。 私は、梅酒ロックをすすりながら、試金石が有ればいいのにねぇ、と呟いた。 ...

白嘘物語‐つくもうそ物語 | 2011.12.28 Wed 20:10

羊飼い「何処にも無い国の物語」

近所に羊を飼っている人がいて、時々散歩をさせているところを見かける。 羊は大きくムクムクとして目付きが悪く、密集したその白い毛は、まだらに灰色にくすみ、あんまり可愛くなかった。 その首には大型犬に付けるような首輪がゆるく巻かれ、土佐犬でも引きそうな紅白の太い組紐のような綱に繋がっていた。その綱を握っているのは、グレーの作業着の上下を着たおじいさんで、こちらも目付きが悪く無表情に羊を連れて歩いている。 散歩はゆっくりで、しょっちゅう立ち止まっては、路上にわずかに生えている雑草を根こそぎ食べて...

白嘘物語‐つくもうそ物語 | 2011.12.25 Sun 18:32

顔「何処にも無い国の物語」

 俺は子供の頃から色々視える体質なのだが、慣れてしまったせいか性格か、視える物が怖いと思った事はない。視えるってのは、この世の物ではない何かの事だ。  怖くはないが、関わり合いになるとメンドクサイので、大抵は見て見ぬ振りをしている。だから幽霊屋敷探検なんてした事はない。そういう物を好き好んで探 りたがるオカルト好きと付き合うのもイヤだが、自分の理解出来ないものを矢鱈と怖がってキャーキャー騒ぐ連中も好きじゃない。 俺の友達の中で一人、面白い奴がいた。研究家体質で実証主義な奴だ。  深夜、飲んだ...

白嘘物語‐つくもうそ物語 | 2011.12.23 Fri 22:14

イニシャル「何処にも無い国の物語」

 私は骨董市やフリーマーケットを見て回るのが好きだ。  高いものは無理だけれど、千円程度のアクセサリーや小物などを買って帰る事が多い。そういったものが手元に溜まってくると、今度はそれらを自分でフリーマーケットなどに出店して販売するのだ。  売るときは買ったときより、少し値段を上乗せしている。  だって、出店料を支払う事を考えたら、そうでもしないと赤字になってしまうのだもの。そんなに商売っ気があるわけじゃないけど、店を出すからには黒字にしたいじゃない。  さて、今年もお祭りの季節がやってきた...

白嘘物語‐つくもうそ物語 | 2011.12.22 Thu 21:33

幸福の指環「何処にも無い国の物語」

結婚が決まった時、どこから噂を聞いたのか少しの間だけお付き合いのあった男性から馴染みの喫茶店に呼び出された。彼は以前よりやつれ、ふわふわした浮世離れした表情で「お祝いを渡したかった」と私に黒い小箱をくれた。そして弱々しく笑うと、またふわふわと漂うように席を立った。あっけに取られてドアを出てゆく彼の後ろ姿を見送っていたが、気を取り直して黒塗りの小箱を開けてみると、黒ビロードの上に丸い輝石が二つ付いた銀の指環が納められていた。石の一つは絹の様な純白の真珠で、もう一つは柘榴色の赤い珠である。どうし...

白嘘物語‐つくもうそ物語 | 2011.12.21 Wed 23:31

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