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『SECHS3 星降る夜に』 真夜中になる前の時間帯。あたりは静かで、ただうっすらと雪が舞っている。みさきは久しぶりに我が家へと帰って来た。みさきにとっては登りなれた階段。ボロい長屋の2階の階段奥、そこがみさきの家だった。じゃらじゃらとチェーンが付いた鍵の束の中から、1つ。部屋の鍵を取り出そうとする。しかし思いのほか手が冷えているせいか、思うように取り出せずに少しイライラする。やっと目当ての鍵を取り出し、部屋に入ろうとすると。 「お帰りみさきちー」 ...
チームSECHS! | 2020.12.24 Thu 18:33
JUGEMテーマ:ショート・ショート 愛犬が尻尾をたれている。夕食のときに「お座り」を促しても上手く出来ない。なんとか座ろうとするのだけど、出来なくて立ち上がってしまう。尻尾の付け根辺りを撫でると「キュン」と声を上げた。捻挫だ。うちの愛犬はよく捻挫する、尻尾の付け根辺りを。最初は雷だった。ベッドで眠っていたとき、大きな雷鳴が響いたのだ。家全体が振動するくらいの。それに驚いた愛犬が慌てて立ち上がったのだけど、その後『お座り』が出来なくなった。どういう起き上がり方をしたのか、尻尾の付...
pale asymmetry | 2020.12.22 Tue 21:43
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「ねえ、見て」 家に帰ると、彼女がキッチンのダイニングテーブルから僕を呼ぶ。テーブルの真ん中には小さな箱が置かれている。彼女はその箱をじっと見つめている。 「どう?」 彼女が箱を指差す。小さな箱だ。少し緑がかった黒い色。艶はなく表層はざらついた感じがする。形は立方体で、八つの角の一カ所だけが斜めにカットされたように欠けている。その部分だけ鮮やかな紅色をしていた。この箱を気に入っているのだろう。彼女の眼差しからそう感じた。 「どうって?...
pale asymmetry | 2020.12.18 Fri 20:56
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「やわらかな世界には、やわらかな狂気が漂っているの」 暗い部屋に、彼女の囁きが漂った。これもやわらかな狂気だろうか、と僕は思った。そう思ってしまうくらい、僕は眠気に抱きすくめられていた。どうしようもなく高貴な眠気が、毛布に化身して僕を包んでいたから。 「やわらかな狂気って、恐ろしいものかい?」 僕は小さな問いを発した。隣にいると確信していたけれど、本当は二百マイルくらい離れた場所から交信しているのかもしれない彼女に。部屋の闇は、それく...
pale asymmetry | 2020.12.14 Mon 20:13
JUGEMテーマ:ショート・ショート 青空を久しぶりに目にした。白い雲もそうかもしれない。灰色の空、灰色の雲。そんな姿ばかりをこのとこを見上げていたように思える。そんな空が嫌いだというわけではない。風が弱く、そんな空から真っ直ぐに落ちてくる雨とかは好きだ。そういう雨は優しく感じる。私にも優しいし、草木にも優しいし。 庭に出て、草を抜く。連日雨交じりの日が続いていたから、土は緩んでいる。どの草もあっけなく抜けて、正気を失っているようだ。虚ろに囚われ、世界との繋がりが希薄にな...
pale asymmetry | 2020.12.11 Fri 22:08
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「ねえ見て」 彼女がラップトップPCのモニタを僕に向ける。そこにはアスファルトに横たわるコウモリ。そしてその傍らに一輪の花。コウモリは真っ赤で、花は鮮やかな黄色だった。真っ赤なコウモリなんているのだろうか。コウモリには詳しくないので解らない。花にも詳しくはないけど、その花は見たことがあるように思える。けれど名前を思い出せない。 「真っ赤なコウモリって、実際にいるの?」 「え? 知らない。たぶんいないと思うな」 僕たちはダイニングの大き...
pale asymmetry | 2020.12.04 Fri 21:26
JUGEMテーマ:ショート・ショート 美しい人だと思った。凜とした美しさだと思った。千年くらい生きていて、様々な経験をしてきたような、そんな美しさだと思えた。もちろん彼女は千年も生きてはいない。あるいは、千年に匹敵するような濃厚な時間を過ごしてきているのかもしれないが、それは僕には解らない。 「いらっしゃい」 声は彼女の唇から漏れ出ているはずなのに、どこか遠いところから僕の脳に直接響いていくるように感じた。その場所は遙かな未来か遙かな過去か、それとも存在しない時間に支配され...
pale asymmetry | 2020.11.29 Sun 21:26
JUGEMテーマ:ショート・ショート 逢魔が時、川に沿って僕らは歩いていた。時々飛び跳ねていた。羽ばたいてみたりした。もちろん僕らは翼なんて持っていないから、パタパタと動かしたのは両腕だ。だから飛べない。それが哀しいことなのかどうかを、僕らはとりとめもなく話し合ってみたけれど、結局のところよく解らなかった。僕らは何も知らない。それは残念なことだとも思えるけれど、素晴らしいことでもあると思える。全てを知ってしまったら、世界なんてつまらない事象の塊になってしまうでしょう。まあ、全てを...
pale asymmetry | 2020.11.28 Sat 21:24
JUGEMテーマ:ショート・ショート 仕事帰りにコンビニに入ろうとしたら、彼女がちょうど出てきた。彼女も仕事帰りらしい服装だった。 「こんばんは」 彼女が丁寧にお辞儀をする。外で偶然出会うと、彼女はいつも丁寧にお辞儀をする。だから僕も、丁寧なお辞儀を返す。 「こんばんは」 「すごいレシートを見せてあげる」 そう言って彼女が僕の手を取り、強引に扉の脇へと引っ張る。挨拶が終わると急に丁寧でなくなる。 「ねえ見て」 財布からレシートを取り出し、僕に翳す。もちろんこの...
pale asymmetry | 2020.11.27 Fri 21:10
JUGEMテーマ:ショート・ショート 若先生の竹刀の動きは速過ぎて、僕には見えない。若先生が一歩前に踏み出したと思った瞬間には、もう僕は面に強烈な衝撃を喰らっている。若先生と僕の距離は一歩以上あったはずなのに、その距離を若先生は一歩で移動してしまうのだ。 「構え直して」 竹刀を取り落とした僕に、若先生は冷静な声で言う。とても冷静だから、恐ろしかった。僕は慌てて竹刀を握りしめて構える。 「もっと両腕の力を抜いて」 若先生に言われてそうしようとするけれど、緊張してしまって...
pale asymmetry | 2020.11.23 Mon 21:13
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