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六月のステップは湖上を滑る

JUGEMテーマ:ショート・ショート    あなたは平たい石を手に取り、美しいフォームでそれを湖面に投げた。飛んでいく小石は水面に求愛するように触れて跳ね、触れて跳ねを繰り返し、やがて水中に沈んだ。私はたった今の、一連の出来事の流れを頭の中で反復してみる。まずあなたが水面を駆ける白鳥のように石を投げた。大きな翼をいっぱいに拡げて、そこに自ら駆けることで粒子を孕ませている白鳥のように。私はそれを美しいと思った。あなたが白鳥に近づくことが美しいと思えたのだ。あるいは、あなたの美しさが白鳥の...

pale asymmetry | 2026.06.05 Fri 19:46

拾い上げる前に風に流される

JUGEMテーマ:ショート・ショート   「たぶん、いえきっと大切なものを次々と失っているのだと思う」  彼女はそう言いながら、長い前髪を掻き上げる。けれどまだ強い南風が、すぐに彼女の長い髪を激しく踊らせるから、その前髪だってくしゃくしゃにしてしまう。それは宙に刻まれた銅版画のようにも思えて、僕は自然と魅せられてしまう。いやだめだ。彼女の話に耳を傾けなければ。 「正確には、大切なものになるはずだった事象。それを拾い上げる前に風が掠っていくの」  彼女は膝を折り、アスファルトを転が...

pale asymmetry | 2026.06.02 Tue 18:22

古材に沈む

JUGEMテーマ:ショート・ショート    兄に呼び出されて集合した場所は古民家だった。といってもとても大きな屋敷で、たぶんかなりの資産家の屋敷だったのではないだろうか。だったのでは、と過去形にしたのは、私がそこに着いたときにはまさに屋敷の取り壊しが始まったところだったからだ。 「あれを頂いたんだ」  兄がそう言って指差したのは、黒光りする太い柱だった。いわゆる大黒柱と言われるものだろうと思った。 「持って帰るのを手伝って欲しい」  兄の言葉になるほどそういうことかと納得し...

pale asymmetry | 2026.05.31 Sun 18:12

渦を巻き、雨を待つ

JUGEMテーマ:ショート・ショート    庭の花たちが草に隠れだしたので、彼女が調え始めた。まあ、いわゆる雑草というやつを引っこ抜いているのだけれど、彼女はそれを調えると言うのだ。 「これは調律と同じなの」  素手のまま地面にしゃがみ込んで、彼女は草を抜く。時々剪定ばさみを使ったり、小さなシャベルで土を掘り起こしたり。つまりよく見ると、その調律には三つの段階があるみたい。シンプルに草を掴んで引っこ抜く。引っこ抜かずに剪定ばさみを使って根元や途中で切断する。根元をシャベルで掘り起こ...

pale asymmetry | 2026.05.26 Tue 18:48

ミツバチのダイヤグラム

JUGEMテーマ:ショート・ショート   「だから時間と空間の序列を、あなたは正確に把握していなければいけないの」  私の左手の小指を刺したあと、ミツバチはそう言って笑う。その痛みは鋭く深かったけれど、とても局所的で広がりのない痛みで、その代わりに確実に私の芯まで届く痛みだった。 「でも、時間と空間を細部まで把握するためには、膨大な記述が必要でしょう?」  私の小指から、紅玉のような鮮血が膨らんでいる。痛みはその表面から波となって放たれ、世界の果てまで浮遊していく。踊るようなステ...

pale asymmetry | 2026.05.20 Wed 20:20

紋様のありかは綺麗な闇の底

JUGEMテーマ:ショート・ショート    明るい空から霧雨が舞い落ちている。風はほぼ無風だったから、その霧雨は私たちに対して素っ気なかった。それで私たちも雨に素っ気ない態度をとるためだけに、縁側で紅茶を飲むことにした。少し肌寒かったので紅茶を温めすぎてしまったから、あなたは何度も息を吹きかけて、世界の暗号を解くように少しずつカップに口を付けている。終いには縁側から腕を伸ばして突き出し、カップに霧雨を招いたりしだす。霧雨は甘いのか、それとも酸っぱいのか、私も興味を引かれてあなたと同じよ...

pale asymmetry | 2026.05.10 Sun 20:26

新しいそれは旅だったり扉だったりスイッチだったり……

JUGEMテーマ:ショート・ショート   「さあ、新しい旅を始めましょう」  君がどこか映画のセリフのようにそう言ったので、僕は思わず笑ってしまった。 「旅と言うほどのものだろうか?」  僕がそう問うと君は明後日の方向に眼差しを向け、そしてそこから手繰り寄せた思考に従って頷く。 「だって、長い物語になるでしょう。今までよりずっと」  その言葉に僕は頷く。その点については、君は全く正しい。 「確かに、長い物語かもしれないけれど、旅と呼ぶほど転がり回ることはないよ」  そう僕...

pale asymmetry | 2026.05.05 Tue 18:10

南風の向こうと道筋のちぐはぐ

JUGEMテーマ:ショート・ショート    パーキングに車を止めて、窓を全開にする。君の窓から風が強く流れ込み、君の長い髪を踊らせる。それは南風の向こうから、風が運んできたコードなのだろう。君は擽ったそうに笑いながら、とても重要なことを打ち明けるように言う。 「雨の匂いがする」  僕にはよく解らない。僕はそういうことに鈍感なのだ。でも君がそう言うのならば間違いないだろう。南風が遠い場所から運んできたコードには、雨に記述が含まれているはずだ。けれどそれだけではない。それ以外の複雑な導...

pale asymmetry | 2026.05.03 Sun 16:48

裏側の色

JUGEMテーマ:ショート・ショート   「裏側の色が見えてしまうことってある?」  彼女が唐突にいう。霧雨が降る海辺の公園。ベンチの上には大樹の枝葉が茂っていて、傘を開く必要はない。 「裏側の色?」  少し肌寒い。風が北西から流れてくるせいだろう。けれどそれは非常にゆるやかで、疎外感を感じるほどではない。つまり僕らはちゃんと世界に組み込まれていると感じることが出来た。 「そう。見える色とは全然違う色が、裏側に潜んでいる。それが垣間見える瞬間がある」 「対象は?」  そう僕...

pale asymmetry | 2026.04.25 Sat 18:05

密やかな夏の準備

JUGEMテーマ:ショート・ショート   「雨は降りそうにないけれど、夏の準備をしないとね」  海辺のパーキングに車を駐めて、あなたは歌うようにそう言った。そこはとても小さなパーキングで、長い直線の真ん中辺りにあって、だから海沿いを走る車たちはたぶん見逃してしまうのだろう。私たち以外の車はなく、人影もなかった。 「でもまだ風は冷ややかだね」  全部の窓を開けて、流れ込む風に軽く手を翳し、あなたは少しがっかりしたように言う。私は扉を開け、車を降りた。パーキングは波打ち際より随分と高...

pale asymmetry | 2026.04.20 Mon 17:39

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