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JUGEMテーマ:ショート・ショート 「あっ」 玄関で下駄箱に靴をしまっていた彼女が、片膝をついた状態で声を上げた。 「どうしたの?」 「今、左膝の内側で甲虫が存在を主張したの」 「甲虫? 存在を主張?」 優先順位をつけられなくて、どちらの疑問も尋ねるしかない。 「甲虫というのはね、カブトムシみたいなので、色は黄金に近い緑色かな」 そうきたか。 「うん、甲虫のことは知ってる。まあ、色までは解らなかったけど。それが、君の膝の中に今いるの?」 「いるというか、存...
pale asymmetry | 2019.12.07 Sat 19:41
JUGEMテーマ:ショート・ショート 休日の朝、愛車を洗う。久しぶりだったので丁寧に洗う。北風が強かったけれど、負けずに洗う。水滴を拭き取り、コーティングを纏わせ、二時間ほどかけて絹肌のようなボディに仕上げた。満足して家に入ると、彼女が愛犬の背中に顔を埋めるようにして、何かを覗き込んでいる。 「どうしたの?」 僕の問いかけに彼女は顔を上げ、困ったような、少し面白がっているような表情を浮かべる。彼女の脇で愛犬も同じような表情を浮かべている。 「この子を洗ったの。そしたら角人...
pale asymmetry | 2019.11.29 Fri 21:32
JUGEMテーマ:ショート・ショート 風が強くて、ほろほろと皮膚から何かが零れ落ちそな気がした。真珠のような丸に近いけど決して真円ではない、光沢の強い妖精のような何かが。色彩はどんなだろう。ごく薄い青葉色かな。だから瑞々しい感じの妖精だ。違った、妖精のような何かだ。それはあくまでも、ような何かでなくてはいけないから。といってもそのことに深い理由があるわけではない。何となくそんな感じがするだけだ。ような何かの方が、しっくりくるという感じが。 西の方の空は少しだけ茜に化粧されてい...
pale asymmetry | 2019.11.20 Wed 20:32
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「ただいまー」 「おかえりなさい」 「ねえ、今日さ、面白いショートムービーを見たんだ、職場で」 「職場でショートムービー見てもいいの?」 「まあ、その辺りはグレーゾーンだから触れないで」 「そうなんだ、じゃあスルーする」 「でさ、森の奥深くにオラウータンマシンというのがあるわけ。姿かたちは暗くてよく解らないんだけど、大きなマシンなの」 「えーと、もうショートムービーの話?」 「もちろん。そこに主人公がやってきて、語りだすの、マシ...
pale asymmetry | 2019.11.11 Mon 20:55
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「ただいま」 「おかえりー。ねえ、トイレの扉を開けてみて」 「え、今?」 「そう、今すぐ」 「いいけど…」 仕事から帰った僕に、彼女が悪戯を仕掛ける子供の表情で促す。それで僕はトイレの扉を開ける。 「イヤーンイヤーン」 とトイレの扉が鳴いた。そのまま扉を閉めても、同じように鳴いた。 「ね」 彼女は得意顔で僕を見つめる。 「ね? えーと、いつから?」 「うーん、それは解らない。気づいたのはさっき。それよりも、どう...
pale asymmetry | 2019.11.10 Sun 20:50
JUGEMテーマ:ショート・ショート 緑の光があたりを包み込んでいる。 目の前の情景も、自分の意識も、なにもかもがおぼろげで、唯一確かなのは俺が「生きている」ということ、それだけだった。しかし、それも「どうやら死んではいないようだから、生きている」というだけのものだ。 自分の足もとを見下ろしてみる。膝上あたりまではかろうじて見えるが、それより下はかすんで見えない。両手を伸ばすと、伸ばした先の手首より向こうも、同様に見えなくなってしまう。俺はそんななかを、よろよろと手...
ビッキーのこれからこれから | 2019.11.06 Wed 22:11
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「ねえマム、神様ってヤギなんだよ」 六歳になったばかりの息子は、ときどき私に世界の秘密を解き明かしてくれる。 「え、ヤギなの?」 「そう、ヤギなの」 「じゃあ、あそこにいるのは神様たちなんだ」 そのとき私たちは散歩の途中で、ヤギ小屋の前にいたのだ。格子の壁の、さほど大きくもない小屋のなかに、十数匹の汚れた白ヤギが並び、黙々と干し草を食んでいた。 「違うよ、あれはヤギでしょう?」 息子はヤギを指差し首を振る。激しく振る。バネ仕...
pale asymmetry | 2019.10.30 Wed 21:58
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「カプセルなんだよね」 「カプセル?」 「そう、カプセル・トイのカプセルみたいにちょっとずんぐりしたカプセル。それに短い脚と長い腕がくっついてるんだ」 「ふーん」 「カプセルは鮮やかな黄色で、手と足だけが白なんだ。足はそうでもないけど、手はとても大きい。その比率がね」 「カプセルとのってこと?」 「そう、カプセルの感じと比べて。それが群れを成して行進するんだ」 「ああ、群れなんだ。行進なんてできるの? 脳内なんだよね?」 「まあ...
pale asymmetry | 2019.10.29 Tue 21:45
JUGEMテーマ:ショート・ショート 防潮堤の上に、少女はだらりんと腰掛け前髪を切っている。小さな鏡を覗き込み、精密時計を組み立てるように。その時計の精密さは太古から受け継がれてきた英知によるもので、それが何層にも重なって進化したもので、けれど少女はそんなことを知らなくて、そして知らなくて当然だ。嘘だから。 少し髪を切り、少女は空を見上げる。また少し髪を切り、空を見つめる。空の青を、前髪の形の手本にするように。形のないものを、形に写し取っているかのように。その青を、少女は甘い...
pale asymmetry | 2019.10.21 Mon 21:02
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「花とはね、流れる者なんだよ」 私をじっと見つめ、キャンバスをじっと見つめ、それを繰り返しながら先生がぽつりと言った。独り言のように。あるいは空気や温度と話すように。あるいは神みたいな不確かな何かと話すように。私は十字架にビニールテープで縛り付けられていて、何もしゃべらないようにと先生に言われていたので、その言葉の意味を問うことも賛同することも否定することもしなかった。共感することさえ。衣服を身に着けていなかったので、私はただ寒さだけを感じ...
pale asymmetry | 2019.10.10 Thu 21:45
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