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イエス様の力ある技は、イエス様を心底受け入れた方、また、神様の道を通って受け入れた方には、だれにでもできます。神様の道から外れた普通の教会の信者さん、信じられますか?私は道です。本当の道を行けば、あなたにもイエス・キリストの癒しの奇跡はできるのです。神がなさるのですから。私は、私と言うたった一人で教会です。立派な大聖堂もありません。神様は大聖堂を見て信じなさいとは言ってはいません。聖句がその身に生きるために。
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創世記26章1−16節(『みことばの光』誌によるデボーション)

JUGEMテーマ:教会キリスト教   父親と同じ間違いを犯し、妻を妹だと偽って保身を図ったイサク。その不信仰と愚かさにも拘わらず、ご自分の祝福の約束を取り去られなかった神。 自分の愚かさに、いつも神の祝福が紐づいていることを思う。愚かだから、神は祝福して下さらない、と。実際その愚かさは自分にいつも付いて回り、非難の的となっている。だが、神の祝福は、自分の愚かさも、人の評価も超えているのである。その約束は、私の何かではなく、ご自分の愛と真実に基づく約束だからである。 自分の愚かさ...

田舎牧師のモノローグ | 2023.04.12 Wed 09:03

申命記34章(聖書通読箇所から)

JUGEMテーマ:教会キリスト教   「そして主は彼に言われた。『わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに「あなたの子孫に与える」と誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せたが、あなたがそこへ渡って行くことはできない。』」(34:4) 過去の過ちはすべて神に赦されている。だが、その罪ゆえに、地上的な意味での幸いを見られないということはある。十字架上で悔い改めた罪人も、十字架から降ろされることはなかった。ダビデも神殿を建てることは許されなかった。 しかし、主のあわれみはそのよ...

田舎牧師のモノローグ | 2023.04.11 Tue 10:40

箴言12章19−20節(聖書通読箇所から)

JUGEMテーマ:教会キリスト教   「悪を企む者の心には欺きがあり、/平和を図る人には喜びがある。」(20) 「平和を図る人には喜びがある。」だが、私の心には喜びがない。決して争いを望んでいる訳ではないのに。それは、人との間に平和を築けないでいるからです。   でも、「平和を築いた人」には喜びがあると言われていません。「平和を図る人」には喜びがあると言われています。この喜びは、人との平和な関係を築けた人の喜びとは違うのです。   「平和を図る」ことができるのは、その...

田舎牧師のモノローグ | 2023.04.07 Fri 08:57

マルコの福音書14章53−72節(『みことばの光』誌によるデボーション)

JUGEMテーマ:教会キリスト教   「そこでイエスは言われた。『わたしが、それです。あなたがたは、人の子が力ある方の右の座に着き、そして天の雲とともに来るのを見ることになります。』」(62) 「わたしが、それです」は、エゴー・エイミ。「わたしはある」と神ご自身が明らかにされた神の名のギリシャ語訳とも取れます。   大祭司はうまく揚げ足を取ったと考えたのではないでしょうか。 でも、恐らく主はまさにその意味で、このことばを口にされたのだと思います。そしてそれは、その通りでした...

田舎牧師のモノローグ | 2023.04.05 Wed 09:54

マルコの福音書14章43−52節(『みことばの光』誌によるデボーション)

JUGEMテーマ:教会キリスト教   「わたしは毎日、宮であなたがたと一緒にいて教えていたのに、あなたがたは、わたしを捕らえませんでした。しかし、こうなったのは聖書が成就するためです。」(49) 神のみことばに忠実に、不条理とも思える一切の仕打ちを引き受けられたイエス。   しかし、「皆は、イエスを見捨てて逃げてしまった」(50)。 「たとえ皆がつまずいても、私はつまずきません」と言ったペテロ(29)。他の弟子たちも同じだったはずです(マタイ26:35)。それなのに、自分のことばに...

田舎牧師のモノローグ | 2023.04.04 Tue 09:47

ルカの福音書10章13−37節(聖書通読箇所から)

JUGEMテーマ:教会キリスト教   「彼は言った。『その人にあわれみ深い行いをした人です。』するとイエスは言われた。『あなたも行って、同じようにしなさい。』」(37) 「愛の律法」を守れば救われる。 律法の専門家は初めからその答えを持っていた。そしてそれを守っていると思っていた。彼は初めから永遠のいのちを受け継ぐ道を聞きに来たのではなく、ただ「イエスを試みようとして」言ったのであった(25)。 それでイエスの答えでは満足せず、さらに「自分が正しいことを示そうとしてイエスに言った。...

田舎牧師のモノローグ | 2023.04.03 Mon 22:17

申命記23−25章(聖書通読箇所から)

JUGEMテーマ:教会キリスト教   「あなたは、自分がエジプトの地で奴隷であったことを覚えていなければならない。それゆえ私はあなたに、このことをせよと命じる。」(22) 繰り返されるこの命令。やもめや孤児、貧しい者、弱い者たちに優しくしなさい、と。 罪については彼らに対しても厳しいが、弱さについてはあわれみが常にある。 少なくとも神はいつでもそうなのです。私たちはこの神の優しい眼差しに見守られているのです。 何で優しくなれないのだろう、とよく思う。自分についても、他の人につ...

田舎牧師のモノローグ | 2023.04.03 Mon 16:34

マルコの福音書14章26−42節(『みことばの光』誌によるデボーション)

JUGEMテーマ:教会キリスト教   「彼らは、イエスに何と言ってよいか、分からなかった。」(40) 「立ちなさい。さあ、行こう。…」(42) 二度目にイエスに眠っているところを見られた弟子たち。 イエスの悲しみと願いを聞いていながら、また「私はつまずきません」と豪語した手前、本当に「何と言ってよいか、分からなかった」ことだろう。恥ずかしかったことだろう。 度々主に対し、「何と言ってよいか、分からなかった」というような心境にさせられる。 何度も繰り返してしまう過ちや、自...

田舎牧師のモノローグ | 2023.04.03 Mon 14:53

マルコの福音書14章12−25節(『みことばの光』誌によるデボーション)

JUGEMテーマ:教会キリスト教   「弟子たちが出かけて行って都に入ると、イエスが彼らに言われたとおりであった。それで、彼らは過越の用意をした。」(16) 「過越の用意」の用意はすでにできていた。弟子たちは、神が備えて下さったことの中で備えただけのことである。過越の子羊さえも。   すべてがこの通りである。「主の山には備えがある」(創世記22章14節)。 私たちはその神の備えを、実際に信仰をもってみことばに聞き従うところに経験して行く。 みことばに従おう。そこには必ず備えが...

田舎牧師のモノローグ | 2023.04.02 Sun 07:12

詩篇73篇(聖書通読箇所から)

JUGEMテーマ:教会キリスト教   「私は このことを理解しようとしたが/それは 私の目には苦役であった。/ついに私は 神の聖所に入って/彼らの最期を悟った。」(16−17) 悪者や高ぶる者が栄え、正しい者や低い者がどうして蔑まれているのか。そのことに限らず、分からないことはたくさんある。どうしても理解できないことを理解しようとすることはそれ自体「苦役」である。よくそんな空しい努力をしている自分がいる。 だが、「神の聖所に入って…悟った。」この問題の場合は、正しい裁き主をそこに...

田舎牧師のモノローグ | 2023.04.01 Sat 14:14

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