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「……分かった。他でもない、ゲストの望みなのだからな。誰か、ヒースを呼んできてくれ」 それがあくまでも自分の意思であるかのように、テオドアは重々しく周りの使用人達に指示を出した。 周りで様子を伺っていたメイドの一人がすぐに一礼して部屋から出て行く。久義を呼びに行ったのだろう。彼が来るまでの間、二人は言葉もなく、ただテオドアはウィリアムを睨みつけ、ウィリアムは感情の見えない微笑みを唇に刻みつけていた。 どれだけそうしていたのか。 「テオドア様、ヒースをお連れしました」 ...
真昼の月 | 2023.06.17 Sat 23:21
◇◇◇ ◇◇◇ 結局三回スヌーカーをプレイして、二対一でウィリアムが勝利した。テオドアに言わせれば、ビリヤードは背も高く、手足も長いウィリアムが有利だ、という事になるのだが、真相は明らかではない。 勝敗が思い通りにならなかったせいか、……それとも、話の内容が思い通りにならなかったせいか、テオドアの機嫌はとても良いとは言えなかった。だが、ウィリアムにそれを気にする様子はない。 「ずいぶん遅くなってしまったが、マウリッツは良い子にしているかな?」 そうメイドに笑いなが...
真昼の月 | 2023.06.10 Sat 22:08
◇◇◇ ◇◇◇ 真理江が温室で夫人方のお茶会を“楽しんでいる”間、ウィリアムはテオドアと遊戯室でスヌーカーに興じていた。 スヌーカーはビリヤードの一種だが、プールテーブルの大きさも違えばボールの数も大きさも違う。ルールは簡単に言えば、まずレッドボールをポット───ポケットに落とし、次にカラーボールをポットしていく、というものだ。カラーボールの色によって配点が決まっており、カラーボールを宣言してからその色のボールをポットする。レッドボールは連続して落としても構わないが...
真昼の月 | 2023.06.03 Sat 23:15
「よろしかったら、貴族の子息達を数多く教えている乳母を紹介しましてよ?ちゃんとした乳母を雇い入れることは大切な事ですもの。彼女たちは貴族としての振る舞いや常識を教えてくれることはもちろん、暴漢や誘拐だけでなく、パパラッチやSNSから身を守る方法も身につけさせてくれるの」 カートレット伯爵夫人がそう言えば、ボイル子爵夫人もその通りだと深く頷いた。 「フィッツガード伯爵家なら、キャロライナ夫人がよろしいのでは?彼女は侯爵家のお子様達を育て上げて、現在は手が離れている筈だわ」 あの方なら、キ...
真昼の月 | 2023.05.27 Sat 22:14
◇◇◇ ◇◇◇ 「まぁ、フィッツガード夫人!本日はようこそいらっしゃいました!」 結局、真理江はマウリッツ……海翔を連れてお茶会に参加することにした。個人的なお茶会なのだから、子供を連れて行っても良いかと打診したら、大丈夫だと返事が来たのだ。 それでも、念のためにフィッツガード伯爵……アンドリューとウィリアムも着いてきて、二人はそれぞれ、伯爵とテオドアの元で交友を温めている。 お茶会は温室で行われた。温室には珍しい植物も多く植えられており、これらはバー...
真昼の月 | 2023.05.21 Sun 01:52
◇◇◇ ◇◇◇ ウィリアムの言うとおり、真理江は高野親子を諦めてはいなかった。既に一回、バーマストンと来訪の予定が合わず、お茶菓子を連続でポーターが運んできた時点で諦めても良さそうなものなのに、「次はいつバーマストンへ行こうかしら」などと言っているのは大した物だ。 フィッツガード伯爵家には、執事はいない。代わりに家政婦とメイドが二人いるのだが、家政婦のスコット夫人からは遠回しにそろそろ諦めたらいかがと言われている。それでも諦めないのが真理江だ。 「そうだわ。謳子さんに連絡し...
真昼の月 | 2023.05.13 Sat 23:19
久義は見開いた目を伏せ、それからパチパチと何度も瞬きをした。そうして、どうやら彼は自分の中で、それを冗談にすることにしたらしい。 「金魚を自慢したいだけだろう?」 「そうとも言う!」 ウィリアムもすぐに久義の考えに乗ることにした。事を急ぎすぎてはいけない。久義には久義の生活の基盤があるのだ。こんな話をすぐに受け入れられる訳がないということを、もちろんウィリアムだって分かっているのだから。 それでも、自分の考えを知って欲しい。少しでもその可能性を考えて欲しい。 久義はウィリアムの...
真昼の月 | 2023.05.06 Sat 22:54
「最近は、ヒースが届けに来ないから、義母が少し気にしていたよ」 「ああ……パティシエの俺が届けるのもおかしいだろうと言われて……。今迄は、真理江夫人が領地に馴染むためにと俺が行くように言われたけど……テオドア様、こないだの件で……」 久義が躊躇いがちにそう告げると、ウィリアムはさすがに顔を歪めた。 「ああ……くそ、失敗したか」 あの時は、テオドアの傲慢は物言いが我慢できなかった。ヒースに対してあんな高圧的な言い方をするな...
真昼の月 | 2023.04.30 Sun 03:14
そういえば久義は、エジプトのミイラにもビビっていた。おいおい、ミイラは大英博物館の人気展示物だぞ?六千体も所蔵されてるんだぞ?いや、人気だから収蔵してる訳ではないだろうけど。 その時の様子を思い出し、ウィリアムは口元がムズムズとにやけそうになるのを抑えるのに苦労してしまった。 「大英博物館はとても興味深いけど……ちょっと祟られそうだよね……。なんか……化けて出そう……?」 久義が怖々と言うと、ウィリアムは楽しそうに笑った。 「良いじ...
真昼の月 | 2023.04.23 Sun 11:22
◇◇◇ ◇◇◇ 真理江夫人はあの後、久義がこちらにこられないならと、バーマストンに訪問したい旨を打診した。だが、その日は忙しいからと、」バーマストン側から断られてしまった。 もちろん、バーマストン伯爵もフィッツガード伯爵も、暇な訳でも時間がありあまっている訳でもない。社交のシーズンが終わった後は、領地での行事も色々あるし、バーマストン伯爵はそもそも世界に名だたる磁器メーカーの経営者だ。オフシーズンには世界中の工場や各国の支店を視察に行ったり、翌年の新デザインの打ち合わせなど、仕事は...
真昼の月 | 2023.04.15 Sat 23:15
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