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JUGEMテーマ:ものがたり 時刻は午後の真ん中辺りだった。岩山が削られた谷間の道を私は一人で歩いていた。地誌制作の依頼を受け、集落のあちらこちらを見聞している内に辿り着いた細い道だった。陽光はまだ中天方向から降り注いでいたので、道に沿って吹き抜けていく風が心地よかった。それは爽やかな、けれどどこか虚ろな感じのする風だった。 そいつは突然現れた。私が瞬きする間にその場所に立っていた、そんな感じだ。その一瞬前には世界に存在さえしていなかったのに、私の瞬きの裏側に隠された余剰空間...
pale asymmetry | 2022.06.24 Fri 21:49
JUGEMテーマ:ものがたり 銀木犀の香りに導かれて見知らぬ庭に迷い込んだ。いや、正確にはかつて庭だった場所に。もうそこには一輪の花も見当たらなかった。花壇があった形跡が残されているだけだった。この場所から確かに銀木犀の香りがしたと思ったのに、そんな香りを放つような何者もそこにはなかった。庭の向こうに大きな洋館が見えるけれど、人が住んでいる気配はなかった。 庭の片隅にブランコが一つ。腰を下ろしてみると、なぜか懐かしい気分になる。記憶の隅々まで探っても、この庭もこのブランコも存...
pale asymmetry | 2022.06.22 Wed 22:18
JUGEMテーマ:ものがたり 私はどこからきたのだろう。私はどこへいくのだろう。それとも、私はどこへもいかず、この場所で回転して空転して、変転するのだろうか。この都市の真ん中で。ここが本当に年の真ん中なのかを私は知らない。けれど私がそう思えば、ここは年の真ん中になってしまうのだ。真ん中とはそういうものだ。私が私の世界を抱えている限り、私が立つ場所が真ん中になってしまう。ビルの狭間から薄明の空を見つめる。澄んだ空気は上昇しているのか下降しているのか解らない。私を誘っているのか、拒絶...
pale asymmetry | 2022.06.21 Tue 22:00
JUGEMテーマ:ものがたり さめざめと月が鳴いている。泣いているわけではなく鳴いているのだ。それはもちろん声ではなく音だ。だからそこに想いが織り込まれているわけではなく、それは一つの現象なのだ。しかしながら世界のすべてがそうではないだろうか。どのような感情も想いも、それは現象であろうと考えて何ら矛盾はないだろう。そういった現象の積層によって、この世界は構築されているのだから。 鳴いている月は十六夜の月だった。少しだけ赤らんだ面は、汚れているようにも錆びているようにも見えた。...
pale asymmetry | 2022.06.15 Wed 21:02
JUGEMテーマ:ものがたり 「あっ、タグだ」 弟が歩道の電柱を指差す。弟の目線の高さ、私の背丈だと胸の辺りの高さにライムグリーンのリボンが巻き付けてあった。咲き開いた花のような結び目で、余った部分が風になびいている。 「タグって?」 私の質問に、弟は意味ありげに笑う。私が秘密を供給するのに相応しいかどうかを吟味しているように思えた。 「ゲームだよ」 そう言いながら、弟はその花を解き、一本の帯を風に踊らせる。そのままそれを巻き取ってズボンのポケットに仕舞った。 「...
pale asymmetry | 2022.05.25 Wed 21:25
JUGEMテーマ:ものがたり 険しい山道を登り切って、ようやく開けた場所に到達した。早朝に出発したのに太陽は真上にある。その陽光が、小さなコンクリートの箱に降り注いでいる。開けた場所のちょうど真ん中に置かれた立方体の箱に。丸い場所だ。赤い土の地面が露出していて、草は全く生えていない。直径十メートルくらいだろう。その円形の場所に繋がる二本の道。一本は僕が登ってきた道だ。そして箱の向こう側のもう一本の道から、彼女が現れた。 「やあ」 僕が軽く手を上げると、彼女は微笑んで頷く。十...
pale asymmetry | 2022.05.19 Thu 21:24
JUGEMテーマ:ものがたり 昔々ある村に、げんこつ三郎と呼ばれる若者がおりました。右の拳がとても大きく、硬く、巨大な岩も一殴りで粉々に砕くことが出来たので、げんこつ三郎と呼ばれていたのでした。 その拳は生まれたときから、いや生まれる前から大きく、げんこつ三郎はその拳で母親の腹を裂いて生まれ出たのでした。そのせいで二人の兄と父親に嫌われてしまいました。それでげんこつ三郎は祖父母の手で育てられました。 祖父母は畑仕事を生業としていましたので、げんこつ三郎も成長すると自然とそ...
pale asymmetry | 2022.05.17 Tue 22:43
JUGEMテーマ:ものがたり 霧雨の中、君はスキップをアスファルトに刻みながら先を行く。細いアスファルトの道は、たぶん異界への道なんだろうなと僕は思う。君はときどき空を見上げ、流星を探す。こんな真昼に流星なんて見えないだろうなと思いながら、僕も探す。 「リンドウの花は歯車なのよ」 空に目を向けながら君が教えてくれる。 「運命と噛み合う歯車なのよ」 立ち止まり、君は道路脇を指差す。やわらかな紫色の花が僕らを見上げている。その花よりもロゼットの葉の方が歯車のように僕には感...
pale asymmetry | 2022.05.14 Sat 20:53
JUGEMテーマ:ものがたり 鬼の角のようなビルディングを見上げながら、アフタヌーンティーを口にする。空はドンヨリと曇っていたけれど、世界は暗くはない。やわらかな明るさというのが適切な表現だろう。そんな感じの風景だった。この風景が半分になったら、どう感じるだろう。ふと考える。寂しく思うだろうか。それとも特に何とも思わないかも。風景は広すぎるほど広く、半分になったからといって世界が半減するわけではない。半減するとしたら、それは私だけだろう。 風は湿っていて、テラス席の誰もがジャ...
pale asymmetry | 2022.05.11 Wed 20:55
JUGEMテーマ:ものがたり 普通のアパートの、普通の扉だった。二階建ての二階。階段から一番遠い部屋。モスグリーンの金属扉。どこにでもあるようなアパートの、どこにでもあるような扉。でもそこに小さなプレートが掲げられていて、そこには『星片クリニック』と描かれている。ドアチャイムが見当たらなかったので、私はそのプレートの隣をノックした。 「やあ、いらっしゃい。私はカウンセラーです」 現れたのは長身短髪の男性。優しい顔立ちをしている。笑い顔の人物だった。たぶん涙を流していても、笑...
pale asymmetry | 2022.05.10 Tue 22:43
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