JUGEMテーマ:ものがたり 風が急激に冷えた。けれど陽光は殺人的に鋭かった。頬に微少な何かが落ちた。次々と落ちてくる。それは雪だった。こんな南の島に、しかも真夏に雪が降るなんて、世界は終わろうとしているのだろうか。ふとそう考えたけど、まあ違うだろうとすぐに思い直した。条件さえ揃えば南の島でも雪は降る。条件さえ整えば、どんな事象でも起こりうるものだ。 「風が心地いいね」 妹が私の肩に頬を乗せて言う。見えないけれど、きっと私と同じ表情をしているだろう。もともと相似の顔を持って...
pale asymmetry | 2019.04.22 Mon 21:03
JUGEMテーマ:ものがたり 泉に着くと、カンナビさんは持ってきた柄杓で両手を清め、その手で口を清めた。泉の水はどこまでも澄んでいて、底に累々と重なり横たわる大樹たちがはっきりと見えた。彼らは腐ることなく、朽ちることもなく、悠久の時を不変の姿で過ごすのだろうと思えた。それは悲しいことのように思えた。彼らが閉じ込められているように感じたから。閉じ込められることは良くないことだと思えたから。窮屈なのは、私は嫌いだ。 「あなたも清めなさいな」 カンナビさんが柄杓を差し出すのでそれ...
pale asymmetry | 2019.04.21 Sun 21:01
JUGEMテーマ:ものがたり 大河を下り流れる空色の卵は、泣き叫んでいた。大きな卵で、人間よりもずっと大きなサイズ。その叫び声も大きかった。赤子が母親を求めるような鳴き声。あるいは天上界から追放された天使が、人間に貶められたことを嘆いているような声だった。声は近隣の人々の耳に届き、少なからずの人が河原に集まった。そして相談を始めた。その卵を助けるための相談を。 大河は速すぎる濁流で、しかも流れは悪魔よりも気まぐれで複雑だった。水文学者が何度計算しても、その流れを読み解くことは...
pale asymmetry | 2019.04.19 Fri 20:54
JUGEMテーマ:ものがたり 葉は一枚もないけれど、その大樹は枯れてしまったわけではないし、枯れようとしているわけでもない。その木は世界樹だったけれど、隻眼の老人が枝を手折ったわけでもない。あんなのはデタラメの嘘っぱちだ。だからその大樹は三界を結んで、エナジーを循環させている。休むことなく精密に静謐に。 では何故葉がないのかというと、それは私のお腹が減っているからだ。本当に切実に減っているからだ。それで、私はブラボーを待っている。木の根元で蹲り、不機嫌な顔で空と大樹を睨み。も...
pale asymmetry | 2019.04.18 Thu 20:40
JUGEMテーマ:ものがたり 「私は王ではありません」 山羊の頭蓋骨の男は言う。言葉は世界の外側からインパクトドライバーでねじ込まれたように響いた。彼がこの世界の法則に従う必要はないのだということが、表現されている響きに違いなかった。もちろんそれは彼が全てを掻き乱す存在だということではなく、つまりそんな単純で稚拙なルールではなく、彼は従っても良いし従わなくても良いという裁量権を有しているということだ。僕はそれを羨ましいとは思わない。盲目に従う方が遙かに容易く安静だということを...
pale asymmetry | 2019.04.13 Sat 20:49
JUGEMテーマ:ものがたり 細い林道、というよりはほとんど獣道のような道をマウンテントレールモーターサイクルで進む。両側から被さる木々の圧迫感を気持ちで撥ね除けながら、あるいは半ば抱きしめられてもいいやと開き直りながらスピードを上げてみたりする。少し目線を上げると青緑の無数の葉の輪郭が陽光で輝き滲んでいる。その一つ一つが天使に思えた。すると私は天国へと疾走しているのだろうか。そんなに品行方正な人生を歩んできてはいないけれど。 唐突に空間が開け森が終わる。もちろんそこは天国で...
pale asymmetry | 2019.04.12 Fri 21:23
JUGEMテーマ:ものがたり 瑞姫の機嫌がすこぶる良くないとかで、祖母が水源の滝に行かなければならなくなった。いやちょっと待って、今年の当番魔女は、祖母ではなかったはず。と私が指摘すると、その当番魔女が瑞姫の機嫌を損ねてしまったらしい、と祖母が言う。それで私の車で、当然私の運転で、水源まで送れと言う。私の車は四駆でしかもサブコンパクトカーだったから、水源までの細い悪路を走破することは出来るのだけど、道に張り出した木々の枝で車体に細かな傷がつくので正直嫌だった。けれど水がなけれ...
pale asymmetry | 2019.04.08 Mon 20:58
JUGEMテーマ:ものがたり 突然の雨に、路地に逃げ込む。細い路地は両側に商店がぎっしりと並び、その両側から伸びる軒が重なり合っている。だから空は見えなかったけれど、雨に降られることもなかった。それでも空気は湿っていて重かった。その路地に足を踏み入れたのは初めてのことだったので、それは雨のせいではなかったのかもしれないが。 蛇行してどこまでも続いていく路地は、犇めく店舗の軒に異常に過剰にぶら下がるオレンジの電球の光で溢れていた。にもかかわらず、そこかしこに散らばる闇の欠片が、...
pale asymmetry | 2019.04.06 Sat 21:24
JUGEMテーマ:ものがたり 庭の隅から生け垣の裾を擦り抜けて、それは控えめに転がり出た。 空は雲一つなくきっぱりと覚醒した青、緩やかな南西風はびしょ濡れ小僧。そんな朝に、私は縁側で食後のエスプレッソを飲んでいた。その私に挨拶するように、それは庭の真ん中まで転がり進んだ。 卵のような形をしていた。でもその形は時々揺らいだ。最初それは灰色一色だったけれど、庭の中央に達すると薄青と橙と赤の三色が鬩ぎ合うように、或いは群舞するようにそれの表面で形とは別に揺らぎ始めた。とても透明...
pale asymmetry | 2019.04.04 Thu 20:36
JUGEMテーマ:ものがたり その昔、少年は蛙になってしまったことがあった。小さな青緑の蛙。両の眼球だけが鮮やかな金色をしていた。その美しい眼球に魅了され、少年はその蛙を掴んだ。野山で存分に遊び、傷だらけになった手で。その蛙の身体を覆う粘膜が、猛毒であることを知らずに。触れた瞬間に、少年は全身が硬直するのを感じ、そのまま視界が暗転した。そして気づいたときには蛙になっていた。 世界が大きくなった。風の話し声が聞こえた。川の流れが空気を攪拌しているのが見えた。降り出した雨が、無限...
pale asymmetry | 2019.04.01 Mon 21:24
全818件中 171 - 180 件表示 (18/82 ページ)