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JUGEMテーマ:ものがたり 「祈られるのは好きではないのだ」 岩が僕に言った。長く生きた者特有の落ち着いた口調だった。けれどどこか声には幼さが感じられる。ひょっとしたら、この岩はまだまだずっと未来までここに存在し続けるということなのだろうか。そういう予知能力を有しているのかもしれない。それならば皆がこの岩に祈り、崇めたとしても当然のことのように思われる。 「それは間違いなのだ」 僕の思考に岩が答える。どうやら僕の考えていることが解るようだ。たぶん岩の声も、僕にしか聞こえ...
pale asymmetry | 2022.12.01 Thu 20:47
JUGEMテーマ:ものがたり 岬の先端には白銀の灯台が建っている。先端のみならずその全体が輝いていて、昼夜を問わずその輝きが船乗りたちを導いていた。それは方角を教えるだけではなく、そのときどきの運勢や、進むべき夢の行方、あるいは過去の過ちの正し方など、多岐にわたっていた。だから船乗りたちだけでなく、多くの旅人がその灯台を頼りにした。いや、その灯台に住む魔女を頼りにしたのだった。 「お前が来ることは解っていたよ」 扉を開いた僕に、魔女が一枚のカードを投げた。回転するそれを僕は...
pale asymmetry | 2022.11.28 Mon 22:01
JUGEMテーマ:ものがたり 精密機械の甲虫たちだった。外殻が透明で、中にぎっしりと歯車が詰まっている甲虫たちだった。いや、それはいわゆる歯車には見えない。だから本当は歯車ではないのかもしれない。けれど私には、それは歯車としか思えなかった。それは銀河に似ていた。微細な無数の煌めきが、それぞれの軌道でひしめき合っていたのだった。秩序に基づいて連動しているようにも見えたし、出鱈目に掻き乱すだけの現象にも見えた。 違う。これは秩序だ。もう世界は終わっている。けれど世界の複製は消えな...
pale asymmetry | 2022.11.23 Wed 21:50
JUGEMテーマ:ものがたり 夕暮れ時、仕事帰りに海沿いの遊歩道を歩いていると、路面に大きなオタマジャクシのような黒い染みが浮かび上がっていた。傾いた太陽からの茜の光を浴びて、そのオタマジャクシは今にも空中に泳ぎ出しそうに思えた。オタマジャクシにしては尾が長い。そしてオタマジャクシにしては少し先端が尖りすぎている。 「シャクジ」 私は思わず呟いていた。立ち止まり、じっと見下ろす。間違いなく、それはシャクジだった。周囲を見回し、誰もいないことを確かめてから、私は膝を折り顔を近...
pale asymmetry | 2022.11.19 Sat 21:14
JUGEMテーマ:ものがたり ビルとビルの狭間に、その冷蔵庫はぽつんと置かれていた。何かの目印のように思えた。ここから何かが始まる起点のようにも思えた。あるいはこの場所こそが何もかもの終着点のようにも思えた。そうであるならば、私はこの冷蔵庫を開けなければならないのだろう。その内部にはこの世界の始まりが冷やされているのかもしれないし、この世界の終わりが凍っているのかもしれない。 夜の真ん中で、私は冷蔵庫に触れる。街灯が一切あたらない場所であったのにもかかわらず、冷蔵庫は仄かに輝...
pale asymmetry | 2022.11.17 Thu 21:55
JUGEMテーマ:ものがたり この都市には七十二本のタワーが建っているのだという。数えたことがないから本当のことなのかどうかは私には解らない。それに、私がこの都市に着いてからまだ六時間足らずしか経過していないから、タワーの数だけではなくこの都市に関する他のことも、私は知らない。 「船はいつ来るのですか?」 碇人に私は尋ねる。全身を朱色の衣装で包み込んだ長身の碇人は、東の低い空を指差す。その辺りは茜と紫紺が重なるような色彩をしていた。 「十六夜の月が昇り、それに火星が寄り添...
pale asymmetry | 2022.11.11 Fri 21:48
JUGEMテーマ:ものがたり テーブルの上にはピラミッドのボード。その四角錐を取り囲み十八の宝珠が踊るように漂っている。九つの色彩の宝珠たち。だから同じ色彩の宝珠が二つずつ。でも連舞はしない。十八の軌道で十八の世界を描いている。あるいは十八の世界の地図を描いている。決して重なり合うことのない世界。けれど完全に切り離されることもなく、どこかで契りを結んでいるのだ。けれどその契りは厳重に秘されている。僅かでもそれを顕わにすることは禁忌の極みだった。 テーブルを挟んでソファーが二つ...
pale asymmetry | 2022.11.04 Fri 21:18
JUGEMテーマ:ものがたり 早朝から、強い天使雨が降り出し休校になった。両親は仕事に出かけ、僕と弟が家に取り残された。外出してはいけないと言い聞かされていたので、僕らは週末の世界を漂っているような気分になった。もうこの惑星には僕らしかいない。何もかもから見捨てられていて、だからこそ僕らは怠惰を満喫出来る。そんな気分。でもそんな気分だったのは僕だけで、弟は少し違う気分を抱えていたのかもしれない。僕と同じような眼差しで、窓の外を眺めていたのに。 「兄さん、ベランダに出てみない」 ...
pale asymmetry | 2022.10.28 Fri 21:03
JUGEMテーマ:ものがたり 雨に叩かれ、黒い蝶は地面に落ちた。夜が始まる少し前。空気は仄暗い粒子に満ちていた。雨が上がり、黒い蝶は地面でジタバタする。黒い羽を激しく震わせ地面を滑る。でももう飛びたつことは出来なかった。円を描くように震えながら滑り続ける蝶。黒い馬の蹄がそれを踏み潰した。踏み潰して踏みにじった。 そして黒い蝶の黒い魂は、黒い馬へと入力される。でも黒い馬はそのことに気づかない。馬は背に乗せた主の意向だけに全神経を向けていた。馬の主は夜の入り口で、黒い獣を狙ってい...
pale asymmetry | 2022.10.23 Sun 21:35
JUGEMテーマ:ものがたり 「クロタ君は退屈じゃないの?」 ササオカさんはそう言いながら電柱の根元にペイントマーカーで星マークを書き込んだ。それはメタリックピンクで、午後の柔らかい日差しを過剰に弾いて尖らせていた。 「ササオカさんは退屈なの?」 電柱の根元にしゃがみ込むササオカさんの隣に僕もしゃがみ込む。でもササオカさんはすぐに立ち上がって歩き出す。急ぎ足で、何かに追い立てられているかのように。僕も立ち上がって後に続く。僕らは透明な何者かに追われているのかもしれない。 ...
pale asymmetry | 2022.10.19 Wed 21:17
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