JUGEMテーマ:ものがたり そこは架空の街だ。実在しない街という意味ではない。実在している架空の街なのだ。この街は永遠に黄昏時で、朝も昼も夜もない。陽光は常にか弱く、すれ違う誰かの姿は薄暗い。その表情は読み取れず、その心持ちなどなおさら解らない。あるいは、心などないのかもしれない。朝がなければ覚醒はなく、昼がなければ躍動がなく、夜がなければ知性がないのだから。そういう意味で、この街は架空の街なのだった。 半透明の蝶に導かれ、私は暗い路地に足を踏み入れる。小さな黄金色の灯火が...
pale asymmetry | 2021.12.12 Sun 21:29
JUGEMテーマ:ものがたり 六つの三角屋根が複雑に融合した奇天烈な形の屋敷だった。屋敷と言うには大きすぎたから、城と言っても大げさではないように思えた。その城が、真っ直ぐに私に近づいてくる。急峻な谷間の道を、その城は歩いてくるのだった。いや、歩くという表現は違うかもしれない。その城には脚が一本しかなかったから。その脚で跳ねるように前進しているのだった。巨大な構造物が跳ねて移動しているにしては、その稼働音は酷く小さく、それは雫が水面に落下するような音に感じられた。 城は私...
pale asymmetry | 2021.12.09 Thu 21:27
JUGEMテーマ:ものがたり 湖の真ん中辺りに小さな舟が浮かんでいる。その舟には三本の角を生やした黒い獣が乗っている。光沢の強い毛並みが傾いた茜の陽光を鋭く弾いている。あるいは無慈悲に切り裂いている。水面は鏡のような凪を纏っていて、その一点に最初の星が移し取られたとき、湖の周囲に設置された照明の全てに火が灯された。燃え上がる炎は、黒い獣を捕らえただろうか。いやむしろその炎は獣のもので、放射された獣の闘牙のように思われた。触れた人間は一瞬で塵と消えてしまうような。 湖の岸辺に一...
pale asymmetry | 2021.12.08 Wed 20:46
JUGEMテーマ:ものがたり 旅の途中の無人駅で電車を待っているとき、ふとホームの端にある建物が気になった。三角屋根の小さな木造の建物。全体が灰青色に塗り上げられている。屋根の天辺は私の頭より少し高いくらい。窓はなく、私の背丈とほぼ同じくらいの扉が一つ。扉の脇には『cafe』と書かれたプレートが取り付けられている。ホーム内にあるのだから、鉄道会社が運営しているのだろうか。私が乗車する電車が到着するまでまだかなりの時間があったから、私はその扉を開いた。リズミカルなベルの音が響いた。 ...
pale asymmetry | 2021.12.04 Sat 21:26
JUGEMテーマ:ものがたり ゆっくりと、黒い狐は山を下った。夜は風の裏側に溶け込むように消え始めていて、でもまだ朝は深い場所から上昇していなかったから、世界は何とも中途半端な影を帯びていた。それはつまり中途半端な光が漂っているということだった。夜を内部に閉じ込めて艶を放つ北西風が、黒い狐の背中を押す。それは黒い狐を勇気づけるわけでもなく叱咤するわけでもなかったが、黒い狐が心臓内部に抱えている黒い炎のその勢いを強める効果はあった。だからことさらゆっくりと、黒い狐は山を下った。強く...
pale asymmetry | 2021.11.29 Mon 21:42
JUGEMテーマ:ものがたり 小さな湖の真ん中に、正六面体が浮かんでいた。それは水面に浮かんでいたわけではなく、水面から数センチ上の空中に浮かんでいた。そしてそこに固定されていた。湿った風がそよ吹いていたけれど、その正六面体は微動だにしない。どのような仕組みで浮かんでいて、固定されているのかを私は知らされていない。それは透明な何者かによってしっかりと抱えられているのかもしれない。生娘が支えているのかもしれないなと思った。その正六面体が生娘のようなブルーに色づいていたから。 そ...
pale asymmetry | 2021.11.25 Thu 20:47
JUGEMテーマ:ものがたり 鱗の雨は、フワフワと降っている。今日の色彩は淡いエメラルドだったから、僕はとても気分が良かった。空の色はメタリックシルバー。それは防壁の色だ。きっと異性知性体がそのすぐ向こう側を偵察しているのだろう。僕らのこんなちっぽけな世界を覗いて何が面白いのだろう。彼らの世界の方がもっとずっと魅力的なはずだと思える。でも本当のところは知らない。僕は彼らの世界どころか、彼らの姿を見たこともないのだから。 でも掌のデバイスが告げているのだから間違いない。僕らは異...
pale asymmetry | 2021.11.22 Mon 21:27
JUGEMテーマ:ものがたり 鏡のように凪いだ水面には、まん丸が近い月とその光が浮かび上がらせた幾つかの雲が写し取られている。パズルのようだと思った。ピースの数は無限大だろう。だからそれは完成し続けるパズルだ。決して完成することのないパズルではない。だって最初から完成しているのだから。 「ここが世界の果てだったら、何を願う?」 存在しない友達が僕に尋ね得る。僕はそれには答えない。ここは世界の果てではないのだから、最適解はない。 「世界は、いつだって微睡んでいる」 代わ...
pale asymmetry | 2021.11.17 Wed 21:09
JUGEMテーマ:ものがたり 森の奥深くは深海だった。そこでは巨大樹が燃え上がっていた。金色に橙が混じった貞淑な炎を立ち上らせて。何かが弾ける音がときどき響き、それは時間が砕ける音なのだと思った。それでも時間が失われないのは、驚異的なスピードで再生しているからだ。それは螺旋が渦を巻いて上昇する速度と同じだった。その螺旋はつまり私の螺旋だ。 考えてはいけない。 感じてもいけない。 嘯いてはいけない。 委ねてもいけない。 燃え上がる巨大樹の周りを、青白いシータート...
pale asymmetry | 2021.11.15 Mon 21:10
JUGEMテーマ:ものがたり 月が見えないことが嬉しかった。星がないことが愉しかった。私たちは強く手を握り、傘をさして夜を歩く。雨が降っているわけではなかったけれど、夜に掠われないために傘は必要だった。そよ吹く風は鉱石の冷たさで、私たちを冷ます。いやこれは醒ましているのだ。もっともっと精密に覚醒しろと促しているのだ。それだから私たちは互いの静脈に針を落とし、幻影の素子を流し込む。素子は速やかに血流に乗って体内を巡り、私たちはこの世界を失う。そしてこの世界も私たちを失うのだ。 ...
pale asymmetry | 2021.11.13 Sat 21:08
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