JUGEMテーマ:ものがたり アンダーソン君がそのカプセルに入ったのは、カプセル内部を洗浄するためだ。それが、アンダーソン君の仕事だった。世界は実に様々なカプセルに溢れていて、それは年々複雑なフォルムへと進化しているので、内部の洗浄はとても難しくなっている。洗浄を行うものには高度なスキルが必要とされるのだった。その仕事に携わるためにはいくつものライセンスを所得していることが絶対条件で、アンダーソン君はもちろんその全てを所得していた。 「アンダーソン君、97パーセントの洗浄が終了し...
pale asymmetry | 2021.09.03 Fri 21:07
JUGEMテーマ:ものがたり うつむいて歩くあの人は、黄昏の光に染まって輝いて見えたのに、周囲に纏う空気はとても冷たいもののように感じた。海の青を凍らせた色の金平糖を引き連れている。金平糖の角はどれも鋭く尖っていて、地面を削り砂塵を巻き上げている。白い粉の砂塵。粉砂糖のようだ。程良い甘さを有しているように見えたけれど、実際には甘苦いはずだ。あの人の表情を見れば解る。何か憤ることがあったのだろうか。それとも自分の非力を強く感じてしまうような出来事があったのだろうか。それでも金平糖は...
pale asymmetry | 2021.08.29 Sun 21:29
JUGEMテーマ:ものがたり 僕らは、波打ち際に横たわっていた。ゆるやかな波が、ゆるやかだけど幅の広い波が、僕の足先から肩口まで濡らす。隣に横たわる彼女のことも、当然波は濡らした。僕らはしっかりと手を繋いで、その波が僕らを飲み込んでくれないかと願った。けれど、そういうことは起きない。長くここに横たわっていても、決してそういうことは起きない。それを僕らは知っている。波は捕食者ではないからだ。捕食者は僕らの方だ。 波はレモン色を纏っていた。少しざらついた感触がした。そのざらつきが...
pale asymmetry | 2021.08.28 Sat 21:13
JUGEMテーマ:ものがたり 処暑の午後、縁側に寝そべって虹を見ていた。もしあの虹が螺子だったら、固定されるものはどんなものだろう、とか考えながら。いや、本当は考えるフリをしているだけだった。虹の七色を数えて、それが六だったり八だったりと変化する様を愉しんで、這い蹲っている時間を何となく受け流していただけだった。 頬に、雫を感じた。黒雲が近づいている。雫の数が徐々に増えていく。このままでは縁側が濡れてしまうからいけないなと思い、庭にポータブルチェアを広げる。簡素なのにリクライニ...
pale asymmetry | 2021.08.23 Mon 20:55
JUGEMテーマ:ものがたり 大きな人が私たちの前に現れたのは、月のない夜だった。その日は夕刻から雨が降り出して、それが真夜中まで降り続いた。雨はとても硬く尖っていたので、いくつかの屋根には穴が開いた。穴の下に鍋を置いておくと、そこに雨が落ちて独特の音を響かせた。と同時に鍋から煌めきが零れ、家の中を潤し温めた。よく見るとそれは宝石で、確かに色とりどりの宝石に違いなかったけれど、指で摘まむと一瞬で消えてしまう。そして指先は切り裂かれていて血が滲んでいるのだった。 真夜中過ぎに雨...
pale asymmetry | 2021.08.19 Thu 21:10
JUGEMテーマ:ものがたり 僕たちは大きな輪になって腰掛けていた。僕たちは五人しかいなかったので、互いに距離はかなり離れていた。だからそれは、本当は円を描いていたわけではないかもしれない。例えばそれは五芒星で、その五つの先端に僕たちは位置していたのかもしれない。あるいは、もっと複雑な多角形の頂点のいくつかに位置していたのかもしれない。何にしても僕らの中心には炎があった。金属フレームのガラス張りのピラミッド、それは掌に乗るくらいの大きさのピラミッドの内部で、炎は燃えていた、はずだ...
pale asymmetry | 2021.08.14 Sat 22:02
JUGEMテーマ:ものがたり 翼が落ちた。ああ、八月なのだなと思った。 私の翼は、八月になると生え替わる。これは人によって様々で、冬の人も春の人もいるけれど、私の場合は真夏に生え替わるのだ。何故だか毎年そのことをすっかり忘れていて、ある朝妙に全身が怠いなと思ったら、背中が軽くなっていて、ベッドの脇に翼が落ちていたりするのだ。そして、ああ八月なのだなと毎年思うのだった。 それは毎年八月だけど、日付は微妙に違う。八月に入ってすぐの時もあれば、明日から九月という日の年もある。ど...
pale asymmetry | 2021.08.08 Sun 21:40
JUGEMテーマ:ものがたり 怪物と手を繋いで歩く。歩くスピードが僕の方が速いので、自然と僕が怪物の手を引っ張ることになる。サラサラと揺れる毛とやわらかい肉球のある掌。それを握る僕の手はとても心地よかった。 「離してはいけないよ」 のんびりとした口調で怪物が言う。背は僕より随分と高かったから、声は斜め上から降ってくる。鋭角に降ってくる。 「離さないよ」 僕は前を向いたまま答えた。薄暗い通りに、街灯の仄かなオレンジが並んでいる。その光は揺らいでいる。僅かに潮流があるせい...
pale asymmetry | 2021.08.06 Fri 20:26
JUGEMテーマ:ものがたり コンビニのパーキングの真ん中で、彼女は両脚を大きく開いて立っていた。腕を組んで、空を見上げている。星を眺めているのだろうか。それとも夜そのものを眺めているのだろうか。コバルトブルーのAラインワンピースを纏っている。その色は今夜の空の色と似ていたけれど、それよりもずっと凜とした直進力を秘めているように思えたのは、彼女が僕に気づいてもまだ空を見つめていたからだろうか。袖のないその衣装が格好良くて、僕もあんなワンピースを着たいなと思ったけれど、そうすると父...
pale asymmetry | 2021.08.04 Wed 21:58
JUGEMテーマ:ものがたり 弟が昆虫を探したいというので、里山に出かけた。家からは五分くらいのところ。全く整備されてはいないが、獣道があるのでそれに沿って奥に進む。鬱蒼と、という形容がよく似合う森。でももちろん面積は広くはないので、迷うことはない。万が一迷ってしまったとしても、真っ直ぐに進み続ければやがて森のどこかの端っこに辿り着く。そういう里山だ。 「ねえ、声が聞こえない?」 捕虫網を肩に担いでゆっくりと歩いていた弟が、立ち止まり首を傾げる。私も立ち止まり、耳を澄ます。...
pale asymmetry | 2021.07.31 Sat 21:35
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