JUGEMテーマ:ものがたり 揺らぎの大樹には、揺らぎ子が宿るものだ。私は祖母からそう教えられた。 揺らぎの大樹は、星降る夜にだけ目に見えるようになるのだと祖母は言う。 「今夜が星降る夜だけど、お前には解るかい?」 祖母は短い指で、夜空を指し示す。よく知らない川原で、私は祖母と並んでいる。川は煌めきを放っていた。金色と青色の細かな煌めきで、それは死と再生が入り交じっているのだろうと私は思った。祖母と私はもう半分くらい死んでしまっているに違いないとも思った。どうしてそんな...
pale asymmetry | 2021.05.07 Fri 21:51
JUGEMテーマ:ものがたり 黒い人たちの狭間を、少年は彷徨っていた。黒い人たちはひそひそと会話している。それは天気と終末を同じ事象として共有するような会話だった。だから少年には宇宙人の会話にしか聞こえなかった。国際宇宙ステーションでは、きっとこんな会話がされているのだと少年は想像した。でもアストロノーツたちは黒い衣装を着ることはないだろうと気づき、宇宙人ではなくて妖精の会話に近いのかもと思い直した。そう考えると、黒い人たちは皆地面から少しだけ浮き上がっているようにも感じられるの...
pale asymmetry | 2021.05.04 Tue 22:18
JUGEMテーマ:ものがたり 黄金色の月は、何故か桃色の月と呼ばれている。月そのものの色のことじゃなくて、季節の色のことだから仕様がないけれど。 僕らはまだ真夜中を少し過ぎた時刻に、龍刻樹の入り江に集合した。夜はまだ季節をバックステップさせていたから、僕らはまず砂浜の流木を集めて火を熾した。そしてその炎を囲んで、持ってきた紅茶を飲んだ。少しだけウイスキーを垂らして飲んだりもした。風は海から吹いていて、そのまま背後の龍刻樹の森へと抜けていかず、入り江で翻るようにまた海へと吹き戻...
pale asymmetry | 2021.04.29 Thu 21:43
JUGEMテーマ:ものがたり 立ち止まって黙礼されたら、こちらも立ち止まって黙礼すれば良い。すれ違いざまに会釈されれば、こちらも会釈を返せば良い。もし問い掛けられれば、それが問題だ。質問をされればそれに答えなければならない。その答えが解らなくても、無視してはいけない。答えどころか質問の意味が解らなくても、某かの返事をしなければいけないのだった。そして出来る限り、誠実に答えなければいけない。決して誤魔化そうとしてはいけない。答えはどこかにあるのではなく、それは常に自身の井戸の底にあ...
pale asymmetry | 2021.04.25 Sun 21:19
JUGEMテーマ:ものがたり 扉が開いた途端に、むっとする湿った熱い空気が流れ込んできた。海からの風は少しざらついている。陽光は未舗装の滑走路に黄土色に反射し、その向こうでは水面に破壊されて粉々に煌めいていた。 「どうぞ」 客室乗務員に促されて、僕はスロープを滑り降りる。ここがどういう類いの施設なのか解らないが、少なくともタラップのような設備はないようだった。僕を含めた五人の乗客は、地上で待っていた作業服のスタッフに先導されて、小さな箱形の建物に入る。エアコンは効いていたけ...
pale asymmetry | 2021.04.22 Thu 21:28
JUGEMテーマ:ものがたり すっかり道に迷ってしまった。案内板の通りに進み、所々で標識板も見つけてその通りに進んできたはずなのに。藤の花の名所に着くはずが、何だかよく分からない場所に辿り着いてしまった。テニスコートが一面入るくらいの大きさの楕円形の土地。周囲は高い樹木で取り囲まれている。見たことのない樹木だった。その楕円の真ん中辺りに黒い石がある。碓のような形の石で、強い光沢を放っている。近づいて覗き込むと、碓の内側の真ん中に翡翠色の小さな球が埋め込まれていた。 「おや、あな...
pale asymmetry | 2021.04.20 Tue 21:45
JUGEMテーマ:ものがたり 集落には、一つだけ不可侵の砂浜がある。切り立った崖に取り囲まれたその小さな浜は森を抜けた先にあるのだけど、森を抜けることが出来ないのだ。直線距離で十数メートルしかないはずなのに、真っ直ぐ歩いているつもりが何故かいつの間にか森の入り口まで戻ってしまっているのだった。何人もの人がその浜に行こうと森に入ったのを知っているけれど、誰も浜には辿り着けなかった。中には一気に駆け抜けようとした者もいたけれど、その人は両足を激しくやけどしてしまった。もちろんその原因...
pale asymmetry | 2021.04.18 Sun 21:39
JUGEMテーマ:ものがたり 路面電車の終着駅は、百合の花に包囲されていた。遠くに低い山が見える。変化はそれだけだ。ホームは小さく、一両編成の車両が少しはみ出している。その無人の駅に降り立ったのは私と、犬を連れた青年が一人、それだけだった。黒い中型犬は、リードに繋がれていない。精悍な体つきだったけれど、怖さはなかった。その犬が、まるで青年の影が変化したようなそんな非現実的な印象だったせいかもしれない。 私と青年と犬が降りると、車両は直ちに音もなく消えた。無数の泡に分解されるよ...
pale asymmetry | 2021.04.12 Mon 22:05
JUGEMテーマ:ものがたり 八枚の羽を有する種を飛ばす。ちょうど南西の風が強く吹き始めたので、懐深くに隠しておいたそれを宙に放つ。青い透明な空気にやわらかく弾かれながら、それは無限のレイアー構造を撫で回すように、有羽の種は旅立っていった。どこまで行けるだろう。君の国まで辿り着けるだろうか。君の住処のベランダに、コトリと落下できるだろうか。そのとき君はちょうどベランダで微睡んでいて、その眠りは二十四式暗号よりも遙かに希薄だから、その微かな落下音でも君は覚醒に揺さぶられてしまうだろ...
pale asymmetry | 2021.04.11 Sun 20:57
JUGEMテーマ:ものがたり 白い部屋は清浄な空気で満ちていた。世界が不浄に満ちているから、この部屋の清浄さは過剰に感じられた。それは良いことなのか、良くないことなのか、それは正しいことなのか、間違っていることなのか、私には解らない。解りようもない。世界は複雑怪奇で、私が目にしている風景はそのごく一部にしか過ぎない。そういう恣意的に切り取られたごく僅かな風景を頼りに、私は進んでいく。そうすることで、また次のごく僅かな風景を、私が世界だと思っているものの欠片を手に入れることが出来る...
pale asymmetry | 2021.04.08 Thu 21:40
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