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JUGEMテーマ:ものがたり 涼遮那院の鐘が、独りでに鳴り出した。本来は院の担当者が正午と深夜に鳴らす鐘であったのに。しかも、その音色がすっかり違うものになってしまった。年が明けて初めての半月の深夜から。涼遮那院の鐘は、院の尖塔の天辺にある。外からはその姿は見えないので、鐘そのものがどんな形態をしているのかはごく一部の限られた者しか知らない。だから音が変わったとき、まず疑われたのは、何者かの手によって鐘が別の物にすり替えらてしまったのではないかということだった。だからその深夜に鐘...
pale asymmetry | 2021.01.07 Thu 22:24
JUGEMテーマ:ものがたり 座り心地の良い椅子だった。折りたたみの椅子で、嵩張るような大きさでもないのに、背もたれの角度もちょうど良い椅子だった。設置力もとても高くて、デコボコな地面に広げてもぐらぐらすることはなかった。それでそこに腰掛けている私は、だんだんと眠くなっていた。目の前では、息を飲む美しい光景が繰り広げられているはずなのに。 「こういうのを見て、何を思えば良いのでしょう?」 私の隣で、同じ椅子に身を沈めている博士に、問いかけてみた。 「あんたは、何も思わなく...
pale asymmetry | 2021.01.06 Wed 22:05
JUGEMテーマ:ものがたり ようやく魚人の宴に招待された。十数年間、数え切れないほど島に通って島の人々と交流し、ようやく信頼されたようだ。連絡を受けてすぐに私は旅立ち、電車と船を乗り継ぎ三日後の夕刻に島に到着した。その日の夜、魚人の宴が開かれるという。私を待っていてくれたのだ。移動の疲れなど吹っ飛び、私は喜び勇んで島の一族の長の館を訪れた。この島には一つの姓しかない。つまり島の住人は皆、どこかで血が繋がっている。時々島の外から嫁いでくる女性もいるそうだが、それは数十年に一度くら...
pale asymmetry | 2021.01.05 Tue 22:07
JUGEMテーマ:ものがたり 旅の途中で、私は巨大な城の前に立っている。朝日が背後で、ちょうど地平線から顔を出したばかりの時刻。だから私は西を向いていて、城はその城門を東に向けている。足下には太っちょの黒猫が、私のふくらはぎに何度も背中をこすりつけている。城に入れと促しているようにも、城は危険だと警告しているようにも思えた。 「その黒猫は、プレパラシオンだね」 背後からの声に振り返ると、いつの間にか見知らぬ人物が一人立っていた。光沢の強い銀色の衣装を纏っていて、顔は仮面で隠...
pale asymmetry | 2021.01.01 Fri 21:57
JUGEMテーマ:ものがたり 駅のホームだった。ぽつんと、駅にホームだけがあった。線路は単線で、ホームも一つしかなかった。ホームには屋根はなく、駅舎のような建物もない。くすんだ朱色のホームがあるだけだった。ホームの周りは、カルスト地形がどこまでもどこまでも広がっていた。世界にはその風景しか存在しないような、そんな感じで広がっていた。陽光は真上から鋭く激しく降り注いでいる。けれど、その光景はとても寒そうに見えた。ホームも、そこにいる二人の少女も。 金色の幾何学模様が描かれた白い...
pale asymmetry | 2020.12.31 Thu 21:29
JUGEMテーマ:ものがたり 中央の櫓の上の四角舞台は、三畳ほどの広さだった。高さは四メートルほど。四辺には柵がなかったので、舞台上の御子の姿はよく見えたけれど、御子は危険ではないのだろうか。激しく動くのだと聞いているけれど。私は、舞台を囲むようにいくつも並ぶ櫓の一つから、御子を見つめていた。日はすっかり傾き、提灯にはすでに火が灯されている。櫓の群を張り巡らされた組紐に、無数の提灯がぶら下げられていたのだ。いや、もちろん無数ではない。私が面倒でその数を数えなかっただけだ。 御...
pale asymmetry | 2020.12.27 Sun 21:03
JUGEMテーマ:ものがたり どこかから、仄かにラズベリーの香りがする。思わず周りを見回してみるけれど、もちろん何も見つからない。目の前の焚き火の炎が明るすぎて、闇が濃く感じただけだった。彼女は砂上に敷いたマットに横たわり、夜空を見つめている。見つめているように見える。本当は夜空ではなく、彼女自身の心象を見つめているのかもしれないけれど、それは私には解らない。私はラジオのボリュームを少し上げる。軍のFM放送。ベストヒットプログラムを繰り返し放送している。当たり障りのない選曲。 「...
pale asymmetry | 2020.12.25 Fri 21:56
JUGEMテーマ:ものがたり そこには、人間は一人もいなかった。だから起こったことは、全て起こっていなかったかもしれない。あるいは起こっていたとしても、全く意味のない事象であったかもしれない。人間が認識している範囲の世界においては。人間ごときが知っていると思い込んでいる範疇の世界においては、という意味で。 真夜中だった。雨の夜だった。黒灰色の空から潔い直線を描いて、何者かが急降下してきた。低い山の頂上付近にある神社の鳥居に、その何者かは直撃した。鳥居は真っ二つに裂かれたが、二...
pale asymmetry | 2020.12.24 Thu 21:29
JUGEMテーマ:ものがたり 僕の家は鈍い。スロットルレバーを全開まで倒し込んでも時速三キロが精一杯だ。速度計の針が三キロを超えるのを見たことがない。でもその速度計は百二十キロまで数字が並んでいるから、この家がまだ新品だった頃はそのくらいのスピードが出ていたのかもしれない。まあ、古民家だからしょうがない。全体が墨色の本当にゆっくりと進む古民家が僕の家だ。今どきめったに見られない二足歩行タイプだ。今はたいてい六足歩行だから、一見しただけで古民家だとばれてしまう。それは少し恥ずかしい...
pale asymmetry | 2020.12.23 Wed 21:32
JUGEMテーマ:ものがたり 失われた遺跡が失われたままなのは、世界が穢れを嫌うからだろう。誰もが、その場所に足を踏み入れれば自身が世界から忘れ去られてしまうと信じているのだろう。そして同時に自身も世界を忘れてしまうと信じているに違いない。だから、この場所の記憶を失っているのだ。けれどそれならば、誤ってここに到達してしまう者が出てもおかしくはないはずだけど、決してそういうことは起きない。誰もが自然とこの場所を避けているのだ。都合の良い喪失だと、私には思えてしまう。私はといえば、図...
pale asymmetry | 2020.12.19 Sat 20:15
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