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JUGEMテーマ:ショート・ショート 「どこか遠いところで、死んでいるんだよ」 息子が唐突にそんなことを呟いた。二人で毛布に包まって、寒い夜を畏怖していたときのこと。まあ、畏怖していたのは私だけかもしれないけれど。 「何を思っているの?」 私の首元に頬を沈めて、息子は少しもぞもぞと蠢く。そうやって自分と私のパズルをより正確なものに仕上げようとしているのかもしれない。 「今日、先生が言っていたよ。海の向こうで、たくさんの命が消えているんだって。どの瞬間にも、この瞬間にも」...
pale asymmetry | 2022.02.17 Thu 21:13
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「伝説の通り、村人たちは皆叡智を得た。しかし五人の猟師は愚か者のままだった。お終い」 彼女は一気に話し終わると、ソーダ水のグラスを傾けた。二度喉を鳴らし、気持ちよさそうに大きく息を吐き出す。 「それで終わりなの?」 「そう」 「何だか、中途半端な物語だね」 「そう思う?」 「うん」 彼女は薄く笑う。旅人はこんな風に笑ったのだろうか。猟師たちは今の僕のように戸惑ったのだろうか。 「死んだのは、本当はどちらだったのかしら。猟師の...
pale asymmetry | 2022.02.14 Mon 20:46
JUGEMテーマ:ショート・ショート 彼女は静かに横たわっている。お腹と胸を地面に付け、息を潜めている。周囲にはサイズの大きな瓦礫が散乱していて、彼女の姿を隠している。守護しているわけではないから、彼女は常に周囲に気を配っている。 「こういうときって、どんな気分なの?」 僕は尋ねている。横たわっている彼女にではなく、ソファーに沈み込んでコントローラーを握りしめている方の彼女に。 「普通だよ」 答えているときも、彼女の目はテレヴィジョンの画面にフォーカスされている。彼女...
pale asymmetry | 2022.02.08 Tue 21:42
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「人間は人形だと思う」 あなたは真面目な顔でいう。 「じゃあ、私たちも人形なの?」 「ある意味ではそうだと思う」 「ある意味というのは?」 「つまり、君が今頭の中にイメージしている人形ではないという意味だね」 あなたは微かに笑う。 「私のパーソナルなイメージが解るの?」 「完全ではないけれど」 「じゃあ、私は今どんな人形をイメージしているの?」 あなたは私をじっと見つめて、二三度首を傾げる。 「君がイメージしているの...
pale asymmetry | 2022.02.01 Tue 22:03
JUGEMテーマ:ショート・ショート 一回り年下の弟が、スマートホンを真剣な眼差しで見つめている。ときどき首を傾げたり、溜息を零したりしている。後ろから近づき、彼の手のモニタを覗く。極彩色の模様を纏った缶が映し出されている。真ん中辺りに芯が刺さっていて、そこに火が灯されている。 「何それ?」 私の問に、弟はモニタを見つめたまま答える。 「ツナ缶だよ」 とてもフラットな口調だ。彼が何かに集中しているときの口調だ。 「なんで、そんな模様なの?」 「いろんな模様にツナ缶...
pale asymmetry | 2022.01.29 Sat 20:37
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「酒は飲んできたか?」 黒ずくめの叔父が僕に訊く。 「ええ、もちろん」 少しふらつくくらいに飲んでいた。アルコールには弱い方なので、たいした量ではなかったが。 「それで良い。そうでなければ話ができない」 叔父は階段を下りる途中で立ち止まり、そこに腰を下ろした。この家の内装は隅から隅まで純白だったので、黒い叔父は堕天使のように見えた。もちろん背中に翼はない。いや天使にも堕天使にも、そもそも翼はないのかもしれない。 「ここまで...
pale asymmetry | 2022.01.26 Wed 20:47
JUGEMテーマ:ショート・ショート 明るい空から、雨は真っ直ぐに降っていた。コンビニエンスストアの前を通るとき、その軒先で子猫が丸く蹲っていた。白い猫で、尻尾の先だけに金色っぽい縞模様を纏っていた。 「あれは?」 子猫を指差し、僕は甥っ子に尋ねる。 「あれは一だね」 「どういうところが?」 「丸くなっているから寒そうにも見えるけど、でも結構くつろいでいるじゃない。だから一」 「一はくつろいでいるの?」 「一がくつろいでいるわけじゃなくて、くつろいでいるのが一」 ...
pale asymmetry | 2022.01.23 Sun 19:13
JUGEMテーマ:ショート・ショート 窓ガラスを割る。そのためにハンマーを用意した。鍵を外して、その窓から校舎に侵入する。廊下は月光が渦巻いている。風はないけど、確かに渦巻いている。ヒンヤリと湿った粒子が、その渦に攪拌されて廊下で乱舞している。それが私の頬をときどき撫でるから、奇妙に擽ったかった。 私はそんな廊下を進み、教室へと急ぐ。もうすぐ真夜中。夜の真ん中。でも夜はいつだって短いから、油断しているとすぐに溶けてしまう。何をするにしても急がなければいけないの。教室の扉にも鍵...
pale asymmetry | 2022.01.20 Thu 21:40
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「今、何時?」 僕は彼女に問う。部屋は暗い。布団から出した手が冷たい。彼女は上半身を起こしていたから、きっととても寒いはずだ。 「六時よ」 手にしていたスマホを見て彼女が答える。フラットな口調。まだ夢の中にいるような声の色だ。 「夢を見ていて、その夢に起こされてしまったの」 彼女が僕に顔を向ける。どんな表情をしているのかはよく解らない。笑っているようにも見えたし、泣いているようにも見えた。 「夢に裏切られたの?」 「そうね、...
pale asymmetry | 2022.01.17 Mon 21:16
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「ねえ、見て」 彼女がタブレットを差し出す。モニタにはアルミのローテーブルが表示されている。折りたたみ式のたぶんアウトドア用のものだろう。でも、そのテーブルの脚は三本だった。長方形の各角の、三箇所にしか脚がついていない。これでは自立しないのではないだろうか。 「これ、使えるの?」 彼女は微妙な表情で首を傾げ、画像をスライドする。実際に野外に置かれたローテーブルの画像が現れ、それは見事に傾いていた。 「これに何かを載せようというつもり...
pale asymmetry | 2022.01.12 Wed 22:00
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