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JUGEMテーマ:ショート・ショート 「許せない。でも許すわ」 私の頬を平手で叩いた後、その子は抑揚のない口調でそう言った。見知らぬ子だった。何のことか解らなかった。私は棺に花を収めたばかりで、まだ涙も流していなかった。といっても、涙は零れそうにはなかった。小夜の顔は眠っているようにしか思えなくて、明日の予定を考えているようにしか思えなくて、薄く笑っているようにしか見えなかったから。 「あなた、小夜と付き合っていたでしょう?」 見知らぬ子は私の手を引いて、強引に歩き出す。...
pale asymmetry | 2021.08.09 Mon 21:02
JUGEMテーマ:ショート・ショート ひっくり返して並べた二艇のカヤックの隣で、僕らも並んで腰を下ろしていた。海は冷静な凪を纏っていて、それでも鋭すぎる陽光を乱雑に弾いている。たぶん陽光のデタラメさが強すぎるのだろう。だから冷静な海がそれに振り回されているような、そんな感じに見えた。水面の話。 「空気が、あっという間に暑くなったね」 隣で、頭にタオルを被っているアリカワさんが独り言のように呟いた。 「そうだね」 この分だと、すぐに濡れた身体も乾くだろうと思えた。ついさ...
pale asymmetry | 2021.08.02 Mon 21:28
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「あそこ」 橋の直前で弟が立ち止まり、橋の真ん中辺りを指差した。 「何?」 僕も立ち止まり、弟が指差した辺りに目を凝らす。太陽はすでに沈んでいたけれど、それが残した余韻がまだ漂っていて、だからなのか街灯は灯っていない。でも橋の真ん中辺りは薄闇に霞んでいて、そこに何があるのか、何かがあるのか、よく解らなかった。 「両腕を広げて、通せんぼしてる」 弟はじっと睨んでいる。睨み返しているのかもしれない。だから僕も、見えない何かを睨んでお...
pale asymmetry | 2021.07.27 Tue 21:51
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「三千年の眠気がするわ」 彼女はそう呟いて、広いダイニングテーブルに上半身を投げ出した。大きく放たれた両腕は、この部屋の空気を押さえ込もうとしているようだ。押さえ込んで、同じようにぐうたらさせようとしているようだ。 「解る?」 彼女がその眼差しを僕に向ける。僕は隣の席で、タブレット端末を眺めていた。モニタの中で、ドイツの哲学者が『情けは人のためならず』的な思想を語っていた。それが新しい資本主義と繋がっているのだと。納得できる部分もあっ...
pale asymmetry | 2021.07.21 Wed 20:51
JUGEMテーマ:ショート・ショート 同じ顔だと、その人は涙を流した。同じ身体だと、その人は人形を抱き寄せた。見て下さいと、その人は写真を差し出す。その人と並んで写っていた女性、その人の恋人は、私が作った人形とは全く似ていない。顔も身体も。でもその人は全く同じだと喜び、その人形を抱きしめたまま、足早に帰っていった。三分の一の大きさになった恋人を連れ帰り、二人きりになったらどうするのだろう。口づけをし、甘い言葉を囁くのだろうか。息をしていない恋人に、熱を感じたりするのだろうか。鼓動...
pale asymmetry | 2021.07.20 Tue 21:42
JUGEMテーマ:ショート・ショート 青い空は青かった。でもそれは本当の空の色じゃない。空に色なんてない。光と闇があるだけだ。なんて考えてみる。意味なんてない。暇つぶしで空回りしているだけだ。暑さをやり過ごすためにそういう空回りが必要だったのだ。空からも、海からも光が溢れて突き刺さってくる。海沿いの国道の展望パーキングに僕らは三台のモーターサイクルを止めて、それが作り出す僅かばかりの影に逃げ込んで蹲っていた。ケンゾーは携帯ゲームに没頭している。空を飛ぶ翼竜になって、インベーダーと...
pale asymmetry | 2021.07.18 Sun 21:16
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「ねえ、もう眠ってる?」 彼女がそう訊いてきたのは、部屋の明かりを消して15分後ぐらいたった頃だった。といってもそれは僕の体感で、本当は15秒くらいだったかもしれないし、15光年くらいたっていたかもしれない。 「大丈夫」 僕は眠ってはいなかったのでそう返事した。もちろん目覚めてもいなかった。比率にすると75パーセントくらいは眠りに沈んでいて、20パーセントくらいは覚醒に浮かんでいた。残りの5パーセントは、別の世界を漂っているような感じだった。 ...
pale asymmetry | 2021.07.15 Thu 21:00
JUGEMテーマ:ショート・ショート 熱帯夜。エアコンディショナーの稼働音。それを心地よいと感じることもあれば、そうではないときもある。そうではないときには、未明に目が覚め、空回りする時間を纏うことになる。そのままただ横たわり、そういう時間を持て余しつつ抱きしめることだって出来るし、覚醒を受け入れて朝の到着を待つことだって出来る。今朝の気分は後者だった。 「目が覚めたの?」 私が身を起こすと、隣で横たわる彼が呟いた。両目は閉じられたままだ。ただ反射的に呟いただけで、目覚めた...
pale asymmetry | 2021.07.11 Sun 22:05
JUGEMテーマ:ショート・ショート 涼風を感じて目を覚ます。ベランダはすっかり陰っていた。三十分ほどうとうとしようと思って横たわったのに、たぶん数時間は経過していそうだ。午後すっかり傾いていて、夜の気配さえ微かに感じる。大量の汗をかいていて身体が怠い。コットから起き上がる気になれず、ただ寝返りを打つ。傍らで息子が座り込み、じっとベランダの地面を見つめている。 「それは遠いんだね?」 息子が囁く。地面に向かって。いや、そこに何かがある。小さな何か。彼はそれに向かって囁いたの...
pale asymmetry | 2021.07.10 Sat 21:17
JUGEMテーマ:ショート・ショート 穏やかな灼熱だった。矛盾しているだろうか。でもそんな感じだった。呼吸をしているだけで汗が噴き出るのに、風景には静寂が満ちあふれていて、世界は静止しているように感じられたのだ。 「渦巻いているような陽光なのに、空気が震えていないような感じがするわ」 彼女が呟いた。 「同じようなことを、僕も考えていた」 僕も囁いた。周囲には誰もいなかったけれど、声を潜めなければいけないような気がした。僕らは海沿いの防波堤に腰を下ろして、インリーフの凪...
pale asymmetry | 2021.07.09 Fri 20:25
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