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JUGEMテーマ:ショート・ショート 「…踏んじゃった」 西風が強すぎて、立ち止まった彼女の言葉を上手く聞き取れなかった。 「え? 何だって?」 「だから、カニの脚を踏んじゃったって言ったの」 彼女がアスファルト路面を指差す。確かにそこにはカニの脚が落ちている。カニの脚だけが。胴体の姿はどこにもない。その脚は15?くらいの長さでもちろんスーパーで売っているような食用のカニではない。僕らは細い川沿いの道を歩いていたから、その川に住んでいたカニだったのだろうか。そうだと...
pale asymmetry | 2021.06.04 Fri 20:58
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「洗車するの好きだよね?」 アウトドア用の椅子を組み立て、そこにだらしなく腰掛けるとすぐに彼女はそう口にした。 「うん、好きだよ」 僕はもちろん車を洗っていた。銀色の小さな四輪駆動車を。 「お休みの日は、取り敢えず洗車してるよね?」 彼女は目を細め、空を見上げている。まだ日差しは幼かったけれど、十分に眩しかった。それはもう、夏の成分を色濃く持っているようだった。 「そうだね。晴れた日にはね」 シャンプーをたっぷり含ませたス...
pale asymmetry | 2021.06.02 Wed 21:07
JUGEMテーマ:ショート・ショート 日が暮れたその瞬間に雨が降り出した。スイッチが押されたように。押したのは私ではないけれど、思わず「ごめんなさい」と呟いてしまう。それくらい切り替わり感の強い雨だった。そのせいだろう、四肢を投げ出して床に横たわっていたナイジェルが、顔を起こし耳を立てている。眼差しは窓に向けられ、ガラスを叩く雨粒を通り越して、向こう側の世界を見つめているようだ。そこはつまり天国なのかも知れない。ナイジェルは時々、そういう世界を見つめている賢そうな横顔を私に見せる...
pale asymmetry | 2021.05.27 Thu 20:39
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「これは病のようなものだと思うの」 彼女はそう言って、ビールをグラスに注ぐ。黒ビールのはずだったけれど、少し赤みがかって見えた。それがベランダに流れ込む街の明かりのせいなのか、それともこの夜の持つ性質のせいなのか、僕には解らない。 「つまり私たちは、循環するものに敏感なのだと思う」 彼女はグラスを傾け、気持ちよさそうに喉を鳴らす。どこか吸血鬼のような横顔に見えた。ビールが赤みがかって見えるのは、僕の心持ちのせいかもしれないな。 「だ...
pale asymmetry | 2021.05.26 Wed 20:34
JUGEMテーマ:ショート・ショート 大き過ぎるダイニングテーブルの真ん中に鉱石が置かれている。テーブルの端に彼女が頬を横たわらせ、その鉱石を見つめている。黄昏時の風が、窓から控えめに漂ってくる。夜の冷ややかさより、まだ昼の名残の熱を孕んだ風だった。僕は窓辺のソファーで文庫本を読んでいた。そろそろ部屋の明かりを灯そうかと思いながら。 「ねえ、この石には私たちが見えているかしら?」 深い青灰色の鉱石を、彼女が指差す。頬はだらしなく横たわったまま。僕は文庫本から顔をあげ、鉱石を...
pale asymmetry | 2021.05.19 Wed 21:08
JUGEMテーマ:ショート・ショート 春が走り始めたので、タオル地のマットに替えた。ベッドに敷く前に陽光でたっぷりとエナジーを補充して、夕暮れ時の一歩手前に回収する。そのままベッドに纏わせ、彼女と二人で飛び込むように横たわってみた。優しい熱がマットから伝わってきて、その熱はとても爽やかで、自然と笑い出してしまう。隣で彼女も笑っている。 「この国の海は、この国の陸の十二倍あるんだって」 彼女が笑いながら、唐突に言う。 「十二倍? 面積のこと?」 「多分そうかな。でも不思議...
pale asymmetry | 2021.05.15 Sat 21:58
JUGEMテーマ:ショート・ショート 強い南風はたっぷりと湿っていて、心地よかった。肌を撫でるときに適度に熱を奪ってくれたから。そうでなければ、鋭すぎる陽光に負けて、僕らは早々に散歩を切り上げていただろう。でもこの風のおかげで、僕と彼女と犬は堤防に腰を下ろしてのんびりと水面と空を眺めることが出来た。水面は細かなささくれに覆われていて、それが煌めきを撒き散らしている。とても硬質な煌めきで、陽光を冷却しているように感じる。雲は水玉模様のように連なり、流れることなくその模様を維持してい...
pale asymmetry | 2021.05.12 Wed 17:37
JUGEMテーマ:ショート・ショート 風を感じて、目が覚めた。獣のように優雅な風だと感じた。聖なる獣ではないだろうが、揺らがぬ意志を持った獣だろう。そういう獣になら喰われてもいい。そう思いながら瞼をゆっくりと開く。東側の窓が開け放たれていた。しっかりと閉じて眠ったはずなのに。その窓から半身を乗り出すように、少女が腰掛けている。片手に灰皿を持ち、もう一方の手には火のついた煙草。彼女は夜をぼんやりと見つめながら、紫煙を吐き出した。獣が咆哮するように。 無音の咆哮が、見知らぬ紋様を...
pale asymmetry | 2021.05.08 Sat 21:01
JUGEMテーマ:ショート・ショート 夜になっても雨は降り続いていた。僕と彼女は犬を挟んで歩道を歩いていた。我が家の犬は雨が好きだ。特に控えめに降る雨が大好きだった。今夜の雨がまさにそれで、窓越しにずっと外を見つめて尻尾を振っていたので、少しだけ散歩することにしたのだ。犬は大喜びで、それを見ていると僕らの気分も少なからず弾んだ。 「雨は色を写すじゃない?」 彼女が傘ごしに夜空を見つめる。お気に入りの幾何学模様のサイケデリックな傘が、街灯のオレンジを弾いて、どこか秘密兵器のよ...
pale asymmetry | 2021.05.05 Wed 20:28
JUGEMテーマ:ショート・ショート 南から窓を抜けてくる風は、そちらから吹いているにしてはヒンヤリとしていた。けれど陽光は鋭かったので、その風は心地よかった。誰かが僕らのために気を利かせてくれたみたいだ。平日の休み、そして名前のない午後。僕らは窓辺で寝そべっている。彼女は水色のダックスフントを抱きしめて寝息を立てている。昼寝のときのお気に入りの抱き枕だった。僕はその隣で文庫本を開いている。本の中では旅人が、浮遊する尖塔を追いかけて俊足の黒馬を走らせていた。 「夢を見たわ」 ...
pale asymmetry | 2021.04.28 Wed 21:46
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