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魔法つかひ鈴振花の内部に泣く心地こそすれ春の日はゆく 『桐の花』 鈴振花(すずふりばな)の内部(なか)で泣く魔法使いによって過ぎゆく春を表現することの、当時における斬新さはいかばかりだったか。 絵にすればメルヘンチックであやうい、つまりおめでたい感傷的な余剰としての表現になりかねない図柄の歌であるが、白秋の歌によって喚起される映像には、不吉ともいえるほどの世界との不協和音がにじみ出ている。 この魔法使いは、己れが世界に対して振るうことのできる力をうまく統御できない。よ...
星辰 Sei-shin | 2021.04.18 Sun 12:14
JUGEMテーマ:日本文学 今日、深田久弥が急逝した茅ヶ岳山麓で午前8時から碑前祭が行われ、その後記念登山が行われる。チラシには雨天決行とあるが、東京は晴れているから、多分現地でも好天に恵まれていることと思う。 前日の朝、いつもより元気なくらいだった夫を送り出した妻の志げ子にとって、山で倒れたの一報、ついで警察からの脳卒中で急死の連絡、その後に続く通夜、葬儀……「本当に主人は茅ヶ岳でいってで逝ってしまったのであろうか」と、三七日が過ぎた今でも「ひょっこり旅から帰っ...
見る 読む 歩く | 2021.04.18 Sun 10:53
JUGEMテーマ:日本文学 『日本百名山』で有名な深田久弥が、茅ヶ岳登山中に急逝してから今年は節目の50年。韮崎市では今日明日の二日間にわたって、追悼のイベントが開かれる。 1昨年の48回深田祭には、記念登山もするつもりで、前日は石和温泉のかんぽの宿に予約、早めに着いて観光案内所に寄ったら、当地が深沢七郎や飯田蛇笏ゆかり地とわかった。それでそれぞれの生家や碑を尋ねて歩き回って疲労、体調崩してしまい、翌日は登山どころでなくなった。それで、午後に開催される碑前祭なんとか参加したの...
見る 読む 歩く | 2021.04.17 Sat 18:49
乳のみ児の肌のさはりか三の絃なするひびきか春のくれゆく 『桐の花』 春の暮色を喩えるに、「乳のみ児の肌のさはり」と「三の絃(いと)なするひびき」を列挙してみせる。 乳児の肌ざわりへの退行が片方にある。 一方には、三味線のもっとも高音の、つまりもっとも細い絃である「三の絃」をなすり上げて奏でられるひびきがある。つまり、そこには、追い詰められて初めて露出する女性の官能性の極点の姿をとった、感覚の解放がある。男性であるゆえに、解放することに罪の匂いを感じている白秋自身の、秘...
星辰 Sei-shin | 2021.04.17 Sat 13:16
ふはふはとたんぽぽの飛びあかあかと夕日の光り人の歩める 『桐の花』 退嬰的であることが同時にはじめて世界から〈傷〉を受けた記憶への遡行でもある、という風に、白秋の資質は形成されたのだろう。 「ふはふはとたんぽぽの飛び」というイメージだけならば、ひたすらに世界がやわらかかった乳児期の世界風景への素直な回帰願望とも見えるが、そこに射す夕日は「あかあかと」鮮やかで、白秋の「あかあかと」には、まどろみへの希求に水をさすような毒々しさがある。いや、むしろ、まどろみを壊された瞬間の記憶...
星辰 Sei-shin | 2021.04.16 Fri 16:33
いつしかに春の名残となりにけり昆布干場のたんぽぽの花 『桐の花』 非常にハイカラな西洋趣味の素材が非日常的で退嬰的な空気をあふれさせるかと思えば、「昆布干場のたんぽぽの花」のように俳句的な日常の異化が顕著な作風もあり、『桐の花』は白秋のその後の歌風の展開を予期させるに十分な振幅をもつ。 ただ、己れの歌おうとする風景でありながら、それをひどく怖れているような感覚が、白秋の歌にはつきまとう。 それは神秘や自然への〈畏怖〉というよりも、風景が作者を傷つけに来るのに...
星辰 Sei-shin | 2021.04.15 Thu 12:37
指さきのあるかなきかの青き傷それにも夏は染みて光りぬ 『桐の花』 「指さきのあるかなきかの青き傷」に思いが集まるということは、己れとその傷との間に断絶があることの表われであり、かつその断絶が、己れをその傷によって象徴させたいという希みが生じる契機ともなるということだ。 〈身体〉というものが断絶や孤絶の感覚によって痛むとき、それがしたたかな表現に連結してゆくさまをまじまじと見るような一首である。 指さきの傷にも「夏」は染みて光る。それは全身を「夏」にさらわれてしま...
星辰 Sei-shin | 2021.04.14 Wed 12:19
手にとれば桐の反射の薄青き新聞紙こそ泣かまほしけれ 『桐の花』 泣きたいのが作者なのか、桐の葉の青さを反射して薄青い新聞紙なのか、作者にとってもその境界があいまいになった一瞬を鮮烈に掬い取っているようにおもわれる。 ほんとうは桐の葉を透く陽ざしを、作者はじかに浴びているのだが、ふと身に沁みそこねたその感覚を、新聞紙などが代わって浴びてこともあろうに薄青く身を染めているではないか。その驚きに一瞬遅れて、さればわが身もかく薄青く染まっているはずなのだ、と気づく屈折したプロセ...
星辰 Sei-shin | 2021.04.13 Tue 12:36
病める児はハモニカを吹き夜に入りぬもろこし畑の黄なる月の出 『桐の花』 幼少期の病の思い出は、〈時間〉をやりすごさねばならない苦痛とともに、世界が不意に甘く秘密の扉を開いてくれるかのような、異次元との親密さの記憶として蘇る。 病児がハーモニカを吹きながら時をもちこたえてようやく夜になる頃、日常がふと異形の貌をみせるかのように、もろこし畑に黄の月が出る。病んだ自分と、病んだ黄の月。世界は閉じる。 不吉でもあり、甘い吸引力をも持つこの風景は、おそらくは白秋の幼少期に刻印...
星辰 Sei-shin | 2021.04.12 Mon 17:02
JUGEMテーマ:日本文学 「没後50年 今夜はトコトン 三島由紀夫」(NHKBS 4・4)を録画で観た。瀬戸内寂聴や美輪明宏など、三島由紀夫を直接知る人も登場して貴重な証言が聞けたし、ノーベル文学賞や東大全共闘、縦の会、市ヶ谷の自衛隊員への演説をめぐって、当時の生々しい映像もあって、50年前の衝撃的な事件を思い出しながら観た。 三島由紀夫と言えば、一番の問題はあの衝撃的な死である。この番組で佐藤秀明(三島由紀夫文学館館長)氏の解釈・解説になるほどと思った。 佐藤氏によれば、「英雄」...
見る 読む 歩く | 2021.04.07 Wed 19:43
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