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うるたま(15)

 今さら身体を離したところで、何をごまかせるわけでもなかった。みい子は私と抱き合ったままで声の方を振り返り、「はっ?」と、喉から息を出した。それは声になっていなかった。それもそのはずで、両手を腰に当てて、私たちを見下ろしているのは、どれだけの数の偶然が重なろうが、ここにいるはずのない人物なのだった。  もちろん、朝、あかねが私たちに気付いたことを私は知っていた。驚かなかったわけではない。まずいと思ったのは確かだった。けれども、たとえ再来週、三人で集まったとしても、あかねがそのことに触れる...

nothing but a headache | 2021.11.19 Fri 01:53

うるたま(14)

 目の前の水槽では、ロクセンスズメダイがせわしなく泳ぎ回っていた。たまに側面をこちらに向けて止まるものがいると、縦に何本か引かれた黒いラインが、私の目を寄り目にして、隣同士の線を重なり合わせた。太さの違うそれらの線は、ステレオグラムのように、互いが重なると、いびつに、へこんだり、浮かび上がったりした。 「意味わからん。それいうために、きょう休もうっていったん?」 「ううん。休もうっていったのは、ただの思い付きだったよ。いつか、愛子にはいわないといけないと思ってたけど、きょういうつもりはな...

nothing but a headache | 2021.11.10 Wed 02:03

うるたま(13)

 頭の上を、エイたちが泳いでゆく。  一匹や二匹ではなく、何十匹というエイが、トンネル状になった水槽の上を横切ってゆく。  午後からは、アポイントメントが三件あるだけだった。水族館前のバス停を降りて、私は予定を変更する電話をかけた。あしたにしようかとも思ったけれど、来週の月曜日にした。あした、何か特別な予定があるわけではなかった。けれど、仕事をする気持ちにはならないだろうということはわかっていた。  私たちは、頭上を飛び交う、エイの白いお腹を見上げながら歩いた。お腹に口があるというの...

nothing but a headache | 2021.11.06 Sat 03:04

うるたま(12)

 鏡を見て、泣いている自分を確認した。感情並みに化粧が崩壊していた。ティッシュを取り出して、鼻をかんだ。気を抜いた途端にふわっとみい子の顔が浮かんで、こみ上げて、また私は泣いた。我慢したけれど、無駄だった。上と下のくちびるがともに強く上と下から押されすぎて、口許に不格好なしわができるのが自分でもわかった。  私は倒れた自転車の横にぺたんと座り込んだ。地面に残った雨でズボンが濡れようが、もうどうだってよかった。泣きたいわけでもないし、投げやりになりたいわけでもなかった。けれど、そうなるしかな...

nothing but a headache | 2021.10.30 Sat 02:15

交蟲

JUGEMテーマ:自作小説    厨子の内には何もない。何もないということは、そこには睡蓮があるということになる。  だからそこには水面があるということになり、睡蓮はそのあるはずのない水面に浮かんでいることになる。その水面は宇宙であるのだと教わっていたけれど、そこでは常に紋様が睡蓮を取り囲んで交歓していると聞いていたのに、今は睡蓮だけが浮かんでいた。ではその水面はもう宇宙ではないのか、どうして宇宙ではなくなったのか、いやそもそも厨子は存在するのか、本当のところは何も解らない。私の内は...

pale asymmetry | 2021.10.29 Fri 21:36

うるたま(11)

 公園から手をつないで出てくるみい子ときゆみを見たのは、自転車で会社に向かう途中だった。  気持ちのいい朝だった。五時すぎに目覚めた私は、五時半まで二度寝をして、それからシャワーを浴びて、朝の準備をした。朝食を食べ終えても、家を出るまでは、まだ一時間半くらいの余裕があった。私はテレビをつけて、朝のニュースにチャンネルをあわせた。アメリカではハリケーンが上陸し、日本では首相が体調不良で辞任していた。コロナの感染者数は心なしか落ち着きを見せていたけれど、感染したら、つまはじきになるかと思うと...

nothing but a headache | 2021.10.24 Sun 23:44

片恋のシャーラ(プロトタイプ版)14

JUGEMテーマ:自作小説          ・片恋のシャーラ(プロトタイプ版)の第14弾です(詳しい説明は第1弾に書いてあります)。  他のページはコチラ→「片恋のシャーラ(プロトタイプ版)1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/15/16/17/18/19/20/21/22/23/24/25/26/27/28/29/30/31/32(終)」   (下部にある「カテゴリー別・小説一覧」からも他ページに跳べます。※他の小説も混じった「もくじ」になっています。)     「お久しぶりでございます...

言ノ葉スクラップ・ブッキング〜シーン&シチュ妄想してみた。〜 | 2021.10.14 Thu 21:31

弧睡の甕

JUGEMテーマ:自作小説    眠りは円形ではない。それは閉じてはいない。開いているのだ。そこに煌めくアンモライトを取り込むために。 「さあ、あなたも踊りなさい。のほほんとしていてはいけません」  母は両手に大きな扇を持ち、それをたおやかに泳がせている。踊っているようにも見えたけれど、二尾の魚を戦わせているようにも見えた。あるいはその魚たちは特別な獲物を奪い合っているのかもしれない。その意味のある両腕の躍動に反して、両脚やそれが繋がる胴体は出鱈目としか思えない振る舞いで、夜気を攪...

pale asymmetry | 2021.10.13 Wed 21:34

うるたま(10)

「ねえ、みい子?」 「え、なに、もう朝? 寝坊した?」 「ううん」 「まだ六時前か。はーびっくりした。きゆみこんな時間にどしたん?」 「きょうふたりで仕事休も」 「は?」 「休んで水族館いこう」 「なんで?」 「なんででも」 「ありえんすぎる。今日私会議なんやけど」 「いっしょに風邪ひこ?」 「あのさ、きゆみ、まじでいってる?」 「めっちゃまじでいってる」  ふたりで目を合わせて、そのまま一瞬時間が止まった。みい子はいったん視線を外してから、「はあああ、まじかあ」...

nothing but a headache | 2021.10.13 Wed 02:12

うるたま(9)

 みい子のスマホの目覚ましが鳴る、その少し前に、私は目を覚ました。五時五十分だった。もう一度寝ようと目をつむっても、ふしぎと寝付けなかった。いつもならみい子が起きる前に目覚めることはないし、ひとりのときも、目覚ましを追い抜いて目が開くことなんて、まずありえないことだった。  コンタクトもメガネもつけていない私は、ぼんやりとした視界のまま、天井を見上げた。目を閉じて、もう一度開けて、ここには眠気が少しも存在していないことに気付いた。いつ以来だろう、と私は思う。嫌な予感があった。予感であって...

nothing but a headache | 2021.10.10 Sun 14:53

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