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指南の魚 結

JUGEMテーマ:自作小説    気がついたとき、少年は翡翠色の巨大樹に向かい合って立っていた。自分がなぜその場所にいるのか、少年は解らなかった。自分の名前も思い出すことが出来なかった。自分という概念さえ、曖昧になっていた。翡翠の巨大樹の一番高い枝に、一匹の魚が実っていた。瑠璃色の魚だった。八枚の大きな鰭が煌めきを零しながら棚引いている。顎の辺りが枝に繋がっていたけれど、気持ち良く泳ぐように身体をくねらせていた。その目が、少年を捉えた。 「ヤア」  瑠璃色の魚が声を発した。少年への...

pale asymmetry | 2020.12.13 Sun 22:10

Ⅺ.魔法の杖

JUGEMテーマ:自作小説   「いやだわぁ伯爵様ったらぁ、相変わらずお上手ねぇ」 「いやはやお世辞じゃないさ。リサ嬢は昔から変わらず美しいし職業婦人の鑑だよ」   和やかに笑い合う二人とは対照的に 苦虫を噛み潰したような顔をしたジャーマン。 そんな3人を見て春子は呆然としていた。   連れてこられた場所もそうだがそこの主と親しげにしている メリッサとジャーマンに春子は驚きを隠せなかった。   この街は身分や階級の差が存在するがそれによるいざこざはほぼな...

魚と紅茶(旧・とかげの日常) | 2020.12.13 Sun 12:14

指南の魚 #5

JUGEMテーマ:自作小説    それはシカだった。クシュにはそうとしか思えなかった。その身体は翡翠色だった。澄んだ翡翠色で、冷酷な輝きを放っていた。そしてそいつは、首から上、すなわち頭部がなかった。四本の脚と胴体だけだったのだ。それでもクシュにはそいつがシカだとはっきりと解った。森の空気から高貴な成分だけを取り込んで形成されたような雰囲気を、そいつが醸し出していたからかもしれない。 「旅立つのか」  破壊音の声が聞こえる。幼いクシュが黒い人形に戻っている。 「旅立つのですね」 ...

pale asymmetry | 2020.12.12 Sat 21:54

指南の魚 #4

JUGEMテーマ:自作小説    全ての鮮血を石榴石に奪われるのだろうか。そんなことを考えながら、クシュはマメ小僧を手の中に呼び戻す。左右の手に二騎ずつ受け止め握り包む。拳を握った両腕で自身を抱き、そのまま目を閉じる。すぐにやって来るだろう那由他の礫に備えることも出来ずに、ただ立ち尽くす。ああ那由他だな。ふとクシュは思う。あの那由他の鳥居を潜ったときから、この那由他に繋がることが宿命づけられていたのかもしれないな。と思ったりもした。すぐにキシキシギシギシと、石の地面に突き刺さる石の雨音...

pale asymmetry | 2020.12.10 Thu 21:55

指南の魚 #3

JUGEMテーマ:自作小説    四色の色彩が滑るように宙を舞った。黒と赤と白と青。黒には赤の幾何学紋様が、赤には白の幾何学紋様が、白には青の幾何学紋様が、そして青には黒の幾何学紋様が、そのそれぞれの表層に描かれている。いや刻まれている。それはまじないの紋様で、マメ小僧たちの魂を構築する回路だった。しっかりと閉じて自律している紋様だった。刃のような角を一本有したソラマメのような形。それが四つの方向から微振動音を響かせながら、渦を巻くように、旋回舞踏しているような軌道で黒い人形に挑みかか...

pale asymmetry | 2020.12.09 Wed 21:47

指南の魚 #2

JUGEMテーマ:自作小説    瑠璃色の鳥居をくぐるたびに、クシュは自身の何かが削ぎ落とされているような気がした。鳥居は身を寄せ合うようにいくつもいくつも並んで立っていたのだ。皆、仄かな瑠璃色の輝きを放っている。大樹の群に支配された光の乏しい森の懐で、その輝きはとても無垢な色彩に見えた。鳥居の表層で時折煌めきが跳ねる。雫のように跳ねた煌めきは、鳥居から離れるとしばらくの間蛍のように明滅しながら漂い、瑠璃色の炎となって燃え上がって消える。冷たそうな炎に見えた。あれは俺から削がれた何かだ...

pale asymmetry | 2020.12.07 Mon 22:00

?.ネロリ伯爵

JUGEMテーマ:自作小説         独特な香が立ち籠める豪奢な応接室にジャーマンはいた。 辺りの家財も腰掛ける椅子も部屋同様に無駄に煌びやかで落ち着かない上、 何より焚きつける甘ったるい薫りも気に入らない。 あからさまにジャーマンは顔をしかめていた。   「おやおやそんなに顔を曇らせて何が気に入らないんだい?」   悪びれた様子もなく(というより悪気がない様子で)対面する青年が問うてきた。 屋敷の主でありこの街唯一の伯爵ーネロリだ。 &n...

魚と紅茶(旧・とかげの日常) | 2020.12.07 Mon 10:54

指南の魚 #1

JUGEMテーマ:自作小説    森の奥から流れてくる川は、赤錆色をしていた。けれどそれは濁っているようには感じられなかった。その川は赤錆色の鎧を纏っているように、クシュには思えたのだ。するとこの川は今戦っているのかもしれない。都市の人々と同じように、この川も疫病に侵略されているのだろうか。これも薬樹が力を弱めていることが原因なのだろうか。クシュは考え、そしてすぐに考えることを止めた。そんな大きな事象は自分には解らない、と気づいたから。解らないことはそのままで良い。答えを無理に求めても...

pale asymmetry | 2020.12.06 Sun 21:37

指南の魚 序

JUGEMテーマ:自作小説    都市で疫病が蔓延しているのは、森の薬樹が力を失っているからだ。ある朝、南の空を見つめてお婆が言った。南の方に森があったわけではない。南から風が吹いていたのだ。強い風を受けて、お婆は痛みに耐えるような表情をしていた。クシュはお婆の隣に立ち、同じ方向を見つめた。痛みの原因が見えるかもと思ったのだ。見えたのは分厚い白雲に覆われた空だけだった。その白雲はぎっしりと絡まり合う龍の群のように見えた。あるいは、流体だけで構築された永久機関のようにも思われた。何のため...

pale asymmetry | 2020.12.05 Sat 21:10

透明な茶会は突然始まりそして居座る

JUGEMテーマ:自作小説    茶会は必ず交差点で始まる。いつも突然で、誰もその予兆に気づくことは出来ない。予兆はあるのだけれど、微細すぎるのだ。それはとても微細な旋風だ。指先で摘まみ取れそうなコイルのような風。だからコイル風と呼ばれている。最初にそれを発見した研究者は、実際にコイル風を摘まみ取り、次の瞬間に全身を捻られ粉々にちぎれて霧散した。しばらくの間、半径約二メートルの範囲にその研究者の量子が残留し、賛美歌を奏でていたという。  茶会は、ほとんどの場合大きな交差点で始まる。片...

pale asymmetry | 2020.12.02 Wed 21:48

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