瑞穂は、庭に面したリビングの扉を、音をたてないように気をつけて、そっと開く。パジャマ姿のまま、庭用のサンダル穿きでポーチを抜けて西側へ降りてゆくと、庭で放し飼いにされているアラシとハヤテが、何事かと寄ってくる。 「静かにね。なんでもないから、吠えちゃダメだよ…」 瑞穂は唇の前で人差し指を立てて、小声で彼らに囁いた。侵入者には、大きく吠えて威嚇しろと躾けられている彼らだが、瑞穂には従順でよく懐いている。彼らは尻尾を振って大人しく、瑞穂の後に従ってついてきた。 点在する...
サバクノバラトウミノホシ。 | 2019.07.19 Fri 10:27
「瑞穂さん!」 家に着くと、華名子が待ちかねたように瑞穂に駆け寄ってきた。 白い包帯に包まれた瑞穂の左手の痛々しさに、母の顔が泣き出しそうに歪む。 「おかあさん…。ごめんなさい、心配掛けて」 目を伏せて、呟くように言った瑞穂を華名子は思わず抱き寄せていた。 自分より背の低い母に抱き寄せられ、こんな風に母に抱きしめられるのは、何年振りだろう。と、瑞穂はぼんやり考えていた。命に関わる怪我ではないけれど、一生残るであろう大きな傷に、心を痛めている母の気持ちが伝わってく...
サバクノバラトウミノホシ。 | 2019.07.18 Thu 12:21
脈打つ度に疼く左手の痛み。熱を持って何倍にも腫れ上がっているような感覚に、目を覚ました瑞穂は、ぼんやりと左手の方に視線を巡らす。 白い包帯に固く覆われた左手。無意識に動かそうとして、激しい痛みが走った。思わず声が漏れる。 「瑞穂! 動かしちゃだめだ」 すぐそばに、覗き込む伊豆の顔があった。 「航平…、ここ…」 言いながら周りを見渡して、気付く。ここは病院で、どうやら自分は病室のベッドに横たわっているらしい。伊豆のナイフが左手を切り裂いて――、そのあ...
サバクノバラトウミノホシ。 | 2019.07.17 Wed 11:38
瑞穂が目を覚ましたとき、伊豆はもう隣にいなかった。瑞穂は慌てて着替えを済ますと、下へ降りて伊豆の姿を探す。そこへやってきた柿本が瑞穂に声を掛けてきた。 「よお、起きたか」 「おはようございます。あの、航…、伊豆は?」 「ああ、奴なら裏で草刈りしてくれてる。暑くなる前にって、えらく早く起きてきたが、さっさと終わらせて遊びに行きたいんだろう」 そう言って、日に焼けて深い皺の入った仏頂面を、少し緩ませた。 「ちょうど良い。あんた裏行って奴を呼んできてくれ、朝飯にしよう...
サバクノバラトウミノホシ。 | 2019.07.16 Tue 12:27
夏休みに入って最初の月曜日。 早朝、瑞穂は家の近くの公園へと急いでいた。今日から3日間、伊豆と旅行に出かける。家族には電車で行くと言ってあるので、家の前まで来てもらうわけには行かない。伊豆が公園までバイクで迎えに来てくれることになっていた。 まだ日が昇って間もない公園の空気は、少し湿り気を帯びた冷たい靄が薄く広がっていて、気持ちがいい。公園の反対側の藤棚の下、伊豆がバイクを停めて、ベンチに腰かけて待っていた。瑞穂はちらりと時計を見た。まだ約束の時間の15分前だ。待ちきれずに早く...
サバクノバラトウミノホシ。 | 2019.07.15 Mon 14:43
「あら、今帰り?」 午後9時過ぎ、仕事を終えた梶原が通用門を出ると、そこに相原が立っていた。 今し方降り出した雨に、ちょうど傘を広げているところだった。そろそろ朝晩が冷え込み始める季節だ。冷たい雨に湿った空気が頬をなでる。 「あーあ、降ってきたか」 傘を持ってない梶原は、真っ黒な空を見上げて呟いた。 「入ってけば? けっこう大きいの、この傘」 いつもの鞄に加えて、大きな紙袋を抱えた相原が大き目の水色の傘を差しかける。梶原は、差しにくそうしている傘を持...
サバクノバラトウミノホシ。 | 2019.07.14 Sun 21:56
「航平」 放課後、いつものようにバイクを停めてある路地に向かう途中、瑞穂が前を歩く伊豆を呼び止めた。言おう言おうと思いながらもなかなか切り出せずにいた瑞穂だが、明日からはもう期末試験に入ってしまう。ここで成績が下がったり、帰りが遅かったりしたら、旅行にいくことを許して貰えなくなるかもしれない。 振り向いた伊豆に、覚悟を決めて切り出す。 「試験が終わるまでは、早めに家に帰るようにするよ。この頃ずっと帰りが遅かったから、お父さん怒ってて…。夏休みの旅行、許してくれなくな...
サバクノバラトウミノホシ。 | 2019.07.14 Sun 20:21
「ふん。渋谷に来んのに、いちいちおまえらの許可がいんのかよ…。ざけんな!」 伊豆はそばにあった灰皿スタンドを、彼らに向かって蹴り倒した。 「てめえっ!」 彼らの一人が殴りかかってきたのを、伊豆は避けながらも男の襟首を掴んで、その男の腹に思い切り膝を突き上げた。つぶされた蛙のようなくぐもった声を漏らして、崩れ落ちたところを、蹴り飛ばす。 伊豆の容赦のない殴打に怯んだのか、彼らは仲間が自分たちの方へ転がってきてもなお、動けずにいた。 だが数では自分たちの方が勝ってい...
サバクノバラトウミノホシ。 | 2019.07.14 Sun 20:17
登場人物プロフィールはこちら 主人公東郷の邸宅 私が毒を盛られた事件は、刑事事件ではなく、裁判を起こす場合は民事訴訟扱いとなった。 つまり私が、被害を被ったと毒を盛った相手に損害賠償請求しない限り、保証も何も発生しない。 私個人が、どうやって犯人を探し出せるというのだ? テレビ放送中の出来事であり、視聴者やファンの間でも憶測を呼び、ネットでもこの怪事件でもちきりだった。 しかし、不思議とテレビや新聞で...
大人のためのBL物語 | 2019.07.14 Sun 15:54
「瑞穂さん、お帰りなさい。お夕食は?」 午後九時を過ぎて帰宅した瑞穂に、華名子はいつもと変わらない様子で声を掛ける。この何日間か夕食の時間に間に合わない日が続いていた。瑞穂の帰りは日に日に遅くなりつつあった。 自分の部屋へ上がろうと、そっと居間の横の廊下を通っていた瑞穂は、仕方なく立ち止まった。 「ごめんなさい。遅くなって…」 「そうね。お腹すいたでしょう? 食べていらしたの?」 「ううん」 華名子は置いてある瑞穂の夕食の用意をしにダイニングへ向かいながら、言...
サバクノバラトウミノホシ。 | 2019.07.14 Sun 10:19
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