JUGEMテーマ:ものがたり それは小さな時計だろうか。そのサイズを知るためにはスケールが必要だけれど、あいにくと人魚が落としていった虹色に変幻する鱗しか手元にない。しかし私にはそれは小さな時計に思える。私の掌に乗るくらいのサイズに思える。しかしながら私が巨大だったらどうだろう。私が宇宙よりも巨大な身体を持っていたとしたら、それでも時計は小さいと言えるだろうか。私にとってのサイズではなく、絶対的なサイズとして。それとも、絶対的なサイズなどないのだろうか。絶対的な万物理論が存在しな...
pale asymmetry | 2020.06.26 Fri 21:17
JUGEMテーマ:ものがたり 少年が目覚めたのは、嗄れた噴水の傍らだった。日はすっかり傾き、空気はすでに黄昏色を纏っていた。少年はゆっくりと身体を起こす。頭がひどく重かった。何か左右に強く振られる感じがした。腕を上げ、頭に触れる。貫かれていた。槍だ。多分自分の背丈と同じくらいの槍が、頭を貫いている。少年はそう感じた。そして思い出した。ここは龍の宮殿だ。かつて王都があった場所。あるとき龍に蹂躙され、廃墟となり、今は一体の龍だけがこの場所の中心にある宮殿、半壊した宮殿であった建物に棲...
pale asymmetry | 2020.06.19 Fri 21:33
JUGEMテーマ:ものがたり 梅雨が明けたので、誰かがマヲヌに抱かれなければならない。そういう話が、集落の老人たちの間で囁かれ出した。けれど中高年から下の世代は、なんとかそれを無視しようとしていた。そもそも今時マヲヌとなんて係わらなくても良いだろう、というのが老人たち以外の世代の一致した見解だった。それに本当のところ、老人たち以外の誰もマヲヌの存在自体を信じていなかったりしたのだ。 マヲヌに抱かれることが決まった者は、その直前に得体の知れない薬茶を飲まされるので、どうせその効...
pale asymmetry | 2020.06.12 Fri 20:36
JUGEMテーマ:ものがたり 多分直径は三メートルくらいあるように見えた。井戸としてはとても大きな口だった。分厚い石で組み上げられた開口部の円形の囲いは全面が苔むしていて、西に傾きだした陽光を弾き緑青色に煌めいていた。円形の壁の高さは一メートルくらい。井戸の中を覗いてみたかったけれど、そういう雰囲気ではない。井戸の中を覗き込めるのは集落で一番年老いた私の曾祖父だけだ。悪戯心でふざけてはいけない雰囲気が、私にはとても窮屈だった。集まった大人たちが皆真剣な顔をしていて、笑いを堪えるの...
pale asymmetry | 2020.06.06 Sat 21:23
JUGEMテーマ:ものがたり 八年に一度の祭りは、中止されることになった。八年前はまだ四歳だったから、祭りの記憶はとてもぼやけている。金色と銀色の衣装を纏った何人もの人たちが踊っている様子が思い出されたりもするけれど、それが本当のことなのか自信はない。大人たちは最後までいろいろな計画を練ってなんとか祭りを行おうとしていたようだけれど、でも大きな、よく解らない大きな渦がそれを許さなかったそうだ。そう祖父が僕に教えてくれた。 正式に祭りの中止が決まった夜、何人かの大人たちが家にや...
pale asymmetry | 2020.06.04 Thu 22:06
JUGEMテーマ:ものがたり 「おてんとうさまは、まいやまからはねる」 少女は大きな声で歌う。薄暗く湿った森の雰囲気に飲まれないように。 「おてんとうさまは、こくさんにもぐる」 急な坂道を上り続けて息が乱れていたけれど、それでも少女は大声で歌い続ける。本当はすぐにでも麓へと引き返したいのだ。 「まいやまてっぺんには、にょらいさま」 怯えは大きく重くなる。けれど、少女は進まなければならない。 「こくさんふかくに、くろこさま」 やがて獣道のような細道が終わり、開け...
pale asymmetry | 2020.05.29 Fri 20:44
JUGEMテーマ:ものがたり 巨大樹は、全て真っ直ぐに天空に向かって伸びていた。己を厳しく律して、その振る舞いで世界を正しい方向へと導いているようだった。私は小さい。私は些末な存在だ。そのことを巨大樹たちは教えてくれている。彼らの存在は、陽光さえ弱めてしまうほどの濃厚さなのだ。地面には、私の影も見当たらない。空気さえ、恐れ戦いている。それなのに、私は愛でずにはいられない。この森を、この森が世界と強く繋がることを求めているとするならば、その世界も。 「どうですか? 現れそうですか...
pale asymmetry | 2020.05.27 Wed 21:23
JUGEMテーマ:ものがたり 大粒の雨が真っ直ぐに降っている。温かいコーヒーの満たされたカップと座布団を持って、私は裏庭に面した縁側に出る。風がないから、本当に真っ直ぐに雨滴が落ちている。素直な子供たちが、通りすがりに次々とお辞儀をしてくれているような、そんな感じのする雨だった。風に翻弄されない雨は、純粋な雨に思える。純粋な雨は、とても心地良いものなのだと改めて思う。風に吹き上げられてはしゃぎ回る雨が嫌いなわけではないけれど、そういう雨が活劇なら、この雨は絵画だ。端から端まで綿密...
pale asymmetry | 2020.05.22 Fri 21:56
JUGEMテーマ:ものがたり 閉じられていた扉を開く。それを閉じたのは私だ。ここは私だけの部屋だから。私以外の誰かがこの扉を開くことはない。扉の鍵を持っているのは私だけで、この部屋にいるときでもいないときでも常に鍵を掛けていたから、私以外の誰にもこの扉を開くことは出来ないのだ。つまり私はこの扉を支配しているし、この扉の開閉を完全に制御していると言えるだろう。そしてまた、開閉される扉によって繋がり合ったり分断されたりする空間を、その接続や切断に強く干渉しているとも言えるのではな...
pale asymmetry | 2020.05.20 Wed 20:35
JUGEMテーマ:ものがたり ベントラーベントラーと星空に囁き続ければ、いつか宇宙船が迎えに来てくれるのだと教えてくれたのは兄だった。年齢が一回り上だったせいで、私にとっては兄というより父親に近い存在だった。仕事が忙しくほとんど家にいなかった本当の父親の代わりに、私にいろいろなことを教えてくれた。ベントラーもその一つだ。他に教わったことはほとんど忘れてしまったけれど、このベントラーについてはよく憶えている。よく一緒に並んで夜空に囁いたせいもあるけれど、このベントラーという呪文なの...
pale asymmetry | 2020.05.14 Thu 20:56
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