JUGEMテーマ:ショート・ショート 熱帯低気圧はすぐそばの海上にあるのだそうだ。天気図ではそうなっている。風は緩く、陽光は凶悪。真夏の色彩しか見当たらない午後だ。午後の短い時間の中にだけ、まだ真夏が残っている。楽しみたければその時間に出かけるしかない。何を期待しているわけでもないけれど、僕らは海に出かけた。 「熱帯低気圧なんて嘘だね」 友達が唇を尖らせて言う。その眼差しは水面に向けられている。鏡のような凪を纏った水面に。 「嵐の前のってやつじゃないの」 そう言う僕の...
pale asymmetry | 2023.09.10 Sun 18:55
JUGEMテーマ:ショート・ショート 花火に火をつけたときには、日付が変わっていた。六時間も車を走らせて、私たちはこの川原にやって来たのだ。半月はまだ夜の裾に寝そべっていて、その光はか弱く、空気は冷たく沈んでいるように感じられた。 「この火花を、凍らせてしまえれば良いのに」 私が言うと、彼は笑った。とても楽しそうに。私はどちらかというと少し切ない気分だったけれど、彼は終始楽しそうだった。部屋の掃除をしていて遊び忘れていた花火を見つけたときも、私が思いつきで思い出の川原で花火...
pale asymmetry | 2023.09.08 Fri 19:02
JUGEMテーマ:ショート・ショート 君を迎えにいく途中で、僕は馴染みの書店に寄ったんだ。月曜日の午後だったからか、店内の人影はまばらだった。まだまだ暑い日が続いているせいもあるのかなと考えたりした。僕がそうだったから。よくよく考えてみるとこの書店に来たのは久しぶりだ。暑いと休日の外出が億劫になるし、通勤の途中に寄り道をしようとも思わなくなるから。それに今はワンクリックで欲しい本は手に入るからね。でもそれだと思わぬ出会いがないから、読書の幅は狭くなる一方だ。だからこういうきっかけ...
pale asymmetry | 2023.09.04 Mon 19:44
JUGEMテーマ:ショート・ショート それが青白い馬であったとしても、僕は跨がり駆け出すしかなかったんだ。君の声は聞こえなかった。耳を塞いでいたわけではない。そのとき嵐が世界を猛らせていたので、僕自身の鼓動も高鳴り、もう何も聞こえなかったんだ。道はどこまでも続いていたから、振り返る暇さえなかった。ただただ進み続ければ、いつか再び君と繋がるかもしれない。そう考えても見たけれど、上手くはいかないものだね。 それから僕の世界は、長い長い昼の時代が続き、夢を見ることさえ忘れていたよ。...
pale asymmetry | 2023.08.31 Thu 19:01
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「流れの速いその川に、サファイアが流れていました。澄んだ川の川底を、流れと同じ速さで転がっていました。午後の陽光に輝くその宝石を見つけた少年は、躊躇なく川に飛び込みました」 「その少年は貧乏だったの?」 「そうかもね。でも川に飛び込んだ少年はあっという間に流されてしまい、サファイアよりも速く川底を転がるように流され、溺れてしまいました。そして溺れた少年はいつの間にかルビーに変化していて、サファイアとともに川を流れていきました」 「魔法か何...
pale asymmetry | 2023.08.28 Mon 17:48
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「ねえ、見て」 ソファーの上から彼女がタブレットを差し出す。ソファーの脇で床に寝そべっていた僕はそれに目を向ける。どこかの入り江、鏡のように凪いだ海の画像だった。海に向かって緩やかに傾斜する坂道が延びていて、そこにはレールが敷かれている。だからレールは水面下に進んでいる。 「深海に向かう列車の線路よ」 彼女が楽しそうに言う。凪の海は透明度も高く、水面下のレールはかなりの距離その姿を確認できる。そしてそのまま深い青に飲み込まれていく。こ...
pale asymmetry | 2023.08.20 Sun 21:28
JUGEMテーマ:ショート・ショート 海沿いの道はコンクリートの高い壁が海側に続いていて、きっときらきらしているはずの水面は見えなかった。カーブが少なくなり、つまらなさを感じ始めた頃にやっと壁が途切れたので、僕は海辺にバイクを止めた。予想通りに海面はきらきらと騒々しくはしゃいでいて、そして予想以上にエメラルド色をしていた。 ヘルメットを脱いで汗を拭う。散々風に纏わり付かれていたはずなのに、全身汗まみれだった。風よりも、僕の熱量の方が上回っているのだろう。夏だからしょうがない。...
pale asymmetry | 2023.08.19 Sat 20:50
JUGEMテーマ:ショート・ショート 新月の夜は美しい闇だ。純度の高い闇が僕の心を揺さぶるから、高架橋の橋脚に魚を描いた。最初は隅に小さなやつを一つ。黄色と赤の縞模様のやつ。十六夜の月のような切ない感じで描いた。けれどトーチの光に浮かび上がるその魚は、切なさよりも卑猥さを強く放っているように思えた。 「良いね。うん、良いよ」 セツちゃんがそう言って跳ねた。大きなおっぱいが揺れて卑猥だった。それを見て僕は切なくなった。本当はそのおっぱいに触れてみたかったけれど、セツちゃんは空...
pale asymmetry | 2023.08.16 Wed 21:03
JUGEMテーマ:ショート・ショート 目が覚めると、枕元にナイトが立っていた。馬をかたどった黒いガラスのナイト。チェスの駒だ。彼のものだと知っていたから驚きはしなかった。ナイトはメモ紙の上に立っている。その紙を手に取り文字を追う。 『気持ちよさそうだったから起こさなかった。いってきます。ちなみのこのナイトは左利きだよ』 そんな文字が書いてあった。そいえば、今朝は早く家を出るって言ってたっけ。カーテンを開け、朝日にナイトを翳す。煌めくナイトは澄ましている。自分の強さによっぽど...
pale asymmetry | 2023.08.13 Sun 21:05
JUGEMテーマ:ショート・ショート 花火の音が聞こえる。それで八時半になったのだと思う。毎週土曜日の午後八時半に近くのホテルが花火を打ち上げるのだ。最初の頃はベランダに出て眺めていたけれど、毎週続くとやがて眺めようとは思わなくなってしまった。今では花火の音を時報代わりに聞いているだけだ。だからこの花火が透明であったとしても僕らは気づかないだろう。 開け放たれた窓からは、極弱い風が流れてくる。それは弱すぎて、生温い湿気を運んでいるに過ぎない。風と呼ぶには少し違和感があったけれ...
pale asymmetry | 2023.08.12 Sat 21:46
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