JUGEMテーマ:ショート・ショート センターの広大なフロアには、数え切れないほどの扉が並んでいた。いやそれは嘘だ。扉の数は有限で、だからその気になれば数えることも可能だろう。ただ膨大な数なので、それを数えている時間がない。だから私だけではなく誰もその扉の数を把握したいとは思わないし、実際に数えることもしないだろう。この扉を構築した誰かには、そのような意図があったと思われた。つまり無限の構築。偽の無限だけれど。 「どの扉を開いても楽園に繋がっていますよ」 フロアに声が響く。...
pale asymmetry | 2024.08.30 Fri 17:25
JUGEMテーマ:ショート・ショート ギリギリのところまで進んで、僕らはバイクを止めた。潮はかなり引いていて波打ち際まではずいぶんな距離があったけれど、これ以上進めば砂にバイクが沈んでしまいそうだったから。一時間ほど前にスコールに降られた僕らの身体は、まだ端々が湿っている。でも砂浜は完全に乾いていたから、スコールはここを通過しなかったのかもしれないと思った。ただそれは判然としない。僕らのバイクもすっかり乾いていたから。湿っていたのは僕と友達だけだ。世界中で僕らだけかもしれない。そ...
pale asymmetry | 2024.08.25 Sun 21:02
JUGEMテーマ:ショート・ショート 隣の少女はその箱に黒いビーズを敷き詰めた。そしてその真ん中に小さな舟の模型を置く。海に浮かんでいるように配置することも出来たのに、少女は陸に打ち上げられた舟のようにビーズの上に横たわらせた。 「この舟はね、方舟なの」 私が尋ねる前に、少女が教えてくれた。 「まだ洪水が起きる前の方舟。だからあなたはまだ溺死していない」 そう言うと、少女は舟の周りに造花を並べた。舟と同じくらいの大きさの、茎のない花を。赤と橙と黄色と緑と青と藍色の花。...
pale asymmetry | 2024.08.22 Thu 19:54
JUGEMテーマ:ショート・ショート 古い写真にハサミを入れる。細かく細かく切り刻む。色あせた風景。笑う君。かっこ悪くはにかむ僕。全てを破壊したいわけじゃない。それはもう存在しない。だから壊す必要もない。切り刻んだ欠片を集めてゴミ箱に降らす。そしてそのゴミ箱をひっくり返して床にばらまく。これはパズルだ。ハサミのパズル。古い君と古い僕。古い風景も全て暗号化された。そしてもう今はない。あるはずのない笑顔。かつてはあった色彩。弾む鼓動を抑え込んだはにかみ。そういう欠片たちが床に散らばる...
pale asymmetry | 2024.08.19 Mon 20:42
JUGEMテーマ:ショート・ショート モニターに浮かぶ見知らぬナンバーを無視する。コールは途絶え、でもすぐにまた同じナンバーが響く。それを何度か繰り返し、その間ずっとモニターを見つめ思案する。七度繰り返してからコールに応える。 「どうしてすぐに出ないの?」 不機嫌な君の声。十年ぶりくらいだけどすぐに君だと解った。 「知らない番号だったから」 僕が言うと、君の溜息がはっきりと聞こえた。 「十年ぶりなんだから、ナンバーだって変わるわ」 きっとラインの向こうで、君は眉...
pale asymmetry | 2024.08.15 Thu 20:08
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「あなたから掠った猫は今日も元気です」 そんなEメールには黒猫の画像が添付されている。 「でももう15歳になったので、眠ってばかりいます」 画像の黒猫はしっかりとカメラのレンズを覗き込んでいる。けれど瞳は確かに眠そうだ。そのトパーズは昔に比べてくすんでいるようにも思える。 「起きているときも、何もない空間をじっと見つめていることが多く。私の呼びかけにもすぐには反応してくれません」 確か子猫のときにもそんな感じだったような気がする。...
pale asymmetry | 2024.08.08 Thu 18:48
JUGEMテーマ:ショート・ショート 雨が降ってきたので、私たちはキャンドルに火を灯した。オレンジのグラスのなかの炎は、頼りない黄金色に揺らいだ。午後の終わりがちかずく時刻だったから、私たちはそのキャンドルを窓辺に置き、エアコンを止めて窓を開け放った。風は東から吹いていることを知っていたので、西側の窓を開け放った。だから雨は部屋に吹き込んでは来なかった。私たちから斜めに遠ざかるように、雨粒の群は忙しなく落ちていた。 「僕らは賢いね」 窓辺のソファーに並んで腰を下ろすと、あな...
pale asymmetry | 2024.08.07 Wed 17:00
JUGEMテーマ:ショート・ショート 少年たちがのんびりとシュノーケリングする姿を、僕らは堤防の上に腰を下ろして眺めていた。風は無風だった。空気は狂おしい熱のせいで何処までも上昇していて、もう地上は真空に近いような気がしていた。でも重力は変わらずある。だから僕らの汗は堤防のコンクリート面に滴り落ちていた。陽光は斜めにあり、獣のような図太い哲学を僕らにぶつけるように照りつけていた。僕らは僕らの哲学でそれに対抗しなければいけないのだろうか。でもそんなものは持ち合わせていないから、僕ら...
pale asymmetry | 2024.07.30 Tue 19:00
JUGEMテーマ:ショート・ショート 氷バケツに足を浸し、凍らせたプリンにスプーンを差し込む。プリンの硬さは脆く、シャーベットとしては脆弱だ。でもその繊細さが完璧さに繋がっているような気がして、僕は凍らせたプリンが好物だった。狭いベランダにはしっかりと西日が差し込み、夏が増幅されている。誰かが発動機をフル稼働させて、熱気を大量に生み出しているようだ。その誰かはきっと夏が嫌いなのではないだろうか。だから皆で不快な夏を共有しようとしているのかもしれない。けれど僕らには通用しない。 ...
pale asymmetry | 2024.07.25 Thu 20:40
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「もしも今悪魔が現れて、あなたの理想の暮らしをあげる代わりに残りの時間をいただくと言ったらどうする?」 闇の中で彼女が囁く。僕らはベッドに横たわっていて、部屋の明かりはすでに消えている。 「どうするとは?」 「残りの時間がどのくらいなら合意できるかってこと」 「残りの寿命が十年とか、二十年とかってこと?」 僕がそう尋ねると彼女が薄く笑う。 「あなたは欲張りね。こういうのは普通一年から五年辺りが相場ではないかしら」 彼女の声は...
pale asymmetry | 2024.07.10 Wed 18:07
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