JUGEMテーマ:ショート・ショート 北風はひんやりとしていたけれど、陽光はとてもパワフルで、洗車をする僕はいつの間にか汗ばんでいた。 「旅行に行きたいな」 車の横に広げたリクライニングシートに半ば横たわったまま、彼女が呟く。その眼差しは胸元に抱えたタブレットに向けられていた。平日の午前中だったからか、コイン洗車場には僕らの他に客はいなかった。 「どこに行きたいの?」 洗車が終わり、拭き取りにかかる前に彼女に声をかける。タブレットを覗き込むとそこにはシルバーバックのマ...
pale asymmetry | 2023.11.28 Tue 18:00
JUGEMテーマ:ショート・ショート 海を見下ろすパーキングにバイクを滑り込ませた。喉が渇いていたし、空腹も抱えていた。それに眠気も。もう何時間も走り続けている。でも走りたい衝動に従って夜明けと共にエンジンに火を灯したのだから、満足していた。小さなパーキングの隅にバイクを止めてエンジンを冷ます。バイクにも私にも歪みが溜まっているような気がする。きっとそれは飽食の世界の歪みだ。私だってその世界の住人だから、貪り食いながら空腹を抱えている。いや逆か。常に空腹を抱えているから、見境なく...
pale asymmetry | 2023.11.23 Thu 21:50
JUGEMテーマ:ショート・ショート 庭に面した窓をノックする音で目が覚めた。日曜日の午後、窓際のソファーで午睡に沈んでいたのだった。ガラスの向こうには縁側、そこに黒いウサギが膝を立てて笑っていた。いや、ウサギみたいな格好をした誰かだった。よく見るとそれは甥っ子だった。ウサギの耳の装飾がついたイヤーウォーマーをつけている甥っ子だった。僕はクレセント錠を回して窓を開け放つ。 「まだ夜じゃないよ」 空はどんよりと曇っていて庭に日差しは注いでいなかったけれど、甥っ子は明るく笑って...
pale asymmetry | 2023.11.19 Sun 20:52
JUGEMテーマ:ショート・ショート 冬型の気圧配置で北風が強まった早朝に、甥っ子が我が家にやって来た。そのとき僕はまだベッドの上で毛布に包まっていたから、甥っ子の快活な声でこの朝に浮かび上げられたのだった。 「とても寒いよ、今朝は」 頬を赤く染めた甥っ子は、とても聡明な感じで笑っている。深夜まで仕事をしていて全くの寝不足だったけれど、その笑顔でこの朝が心地良い色彩に色づけられた。甥っ子が手を伸ばし、その指先が僕の頬に触れる。ひんやりとしたその感触は透きとおった風景をイメー...
pale asymmetry | 2023.11.13 Mon 18:53
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「あなたはシリウスを目指せば良いわ」 君はそう言ってオリオンを指差す。その指がプロキオンを経由してシリウスに到達する。まるで恒星間を航行する宇宙船のように。あるいは君はイメージの宇宙船を操って、実際に恒星間旅行をしているのかもしれない。僕の目はオリオンに釘づけられたままで、その勇者がサソリによって貶められる物語を手繰る。いや、逆だっただろうか。サソリが勇者に追い立てられているのだったっけ。僕の貧弱な知識では、どちらだったか確定できない。 ...
pale asymmetry | 2023.11.09 Thu 21:11
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「空気って、羽みたいだよね」 スケッチブックに色鉛筆のオレンジを走らせながら、甥っ子が呟いた。彼は庭の月桃と向かい合っていて、だから最初その言葉は月桃に向けて放たれたものなのかと思った。僕は彼の背後の縁側に寝そべっていたし、植物に話しかけることは、彼の振るまいとしては極スタンダードな事だったから。 「ねえ、そう思わない?」 甥っ子が振り返ったので、僕に向けられた言葉だったことに気づく。僕はタブレットに向けていた顔を上げ、甥っ子を見つめ...
pale asymmetry | 2023.11.03 Fri 19:14
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「今朝、満月のような月を見たわ」 彼女の囁きは、湿っていた。 「満月のような?」 「たぶん正確には満月ではなかったと思う。でも満月に近似の月だった」 彼女の囁きは湿っていて、けれど羽ばたくような躍動を有していた。 「長い上り坂を上っているとき、空の低い位置にその月はいたの」 「そうなんだ」 僕の囁きは渇いているような気がした。そして少し錆び付いているような気もした。 「だから私は今西に向かって進んでいるんだなって、ふと思っ...
pale asymmetry | 2023.10.30 Mon 18:47
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「寒いと思う心は大切だと思う」 そう言う彼女の息はまだ白くはなかったから、僕はこの朝を素直に受け入れることが出来た。 「さそりの宮に入って冬に向かうことが、良いことだと思えるでしょう?」 彼女は温かなレモネードにその声を吹きかけ、その熱を庭に放つ。霜降の早朝、僕らは縁側で朝を眺めていた。それが特別な朝だと思ったわけではなく、ありふれた朝だと思えたから眺めることにしたのだ。そういうありふれた時間を共有できることは幸福なことだと思えた。幸...
pale asymmetry | 2023.10.24 Tue 17:55
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「ねえ、見て欲しいの」 彼女に揺り起こされて、僕は目を覚ます。僕が上半身を起こすと、彼女はベッドの脇のソファーに腰を下ろした。 「あなたに、見て欲しいの」 彼女は裸だった。部屋には闇が満ちていた。けれどそれは澄みきった闇で、彼女の姿ははっきりと見えた。たぶん月光が、カーテンを擦り抜けて滲み広がっている月光が、闇を澄ませているのだ。綺麗に、純粋に。 「なんだか、どうしてもあなたに見て欲しい気分になったの。突然にそうなったの」 彼女...
pale asymmetry | 2023.10.20 Fri 19:00
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「異世界に転生したとしたら、どんな職業が良い?」 彼女が訊いてきたので、僕は文庫本から顔を上げた。彼女はモニターに顔を向けたままだ。モニターの中では魔法使いがモンスターと戦っている。もちろんその魔法使いを操っているのは彼女だった。 「君は魔法使いが良いの?」 「このゲームではね。使い勝手が良いから」 僕はソファーから身体を落とし、フロアに座る彼女の隣に収まる。彼女の身体は熱を帯びていて、モンスターとの戦いが白熱しているのだろうと思っ...
pale asymmetry | 2023.10.16 Mon 20:54
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