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JUGEMテーマ:ショート・ショート 「今日はダーウインの日なんだって」 彼女は額の汗を拭う。 「ダーウインって、進化論のダーウイン?」 僕は後ろから彼女の肩に手を回す。 「そう。彼の誕生日なんだって」 「そうなんだ」 僕らは浴室にいて、浴槽に熱めのお湯を半分ほど溜め、前後に並んで収まっている。そして浴槽の脇にはアルミのテーブル。そこにはワインのボトルとグラスが二つ。 「人間は進化したから、こんな時間を過ごすようになったのかしら?」 彼女がグラスに手を伸ばし...
pale asymmetry | 2023.02.12 Sun 20:30
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「僕は天使だったみたいなんだ」 遅い朝、エスプレッソを飲んで覚醒を引き寄せているところに、甥っ子が訪ねてきた。 「おはよう、火曜日の朝だね。学校は?」 「それは訊かないで」 「うん解った。もう訊かない」 僕らは笑い合う。共犯者の笑顔を重ねる。 「で、どうして君が天使だと判明したの?」 僕が尋ねると、甥っ子は驚いた表情を見せて一瞬フリーズした。 「えーっと、理由が必要な感じ?」 少し再起動に戸惑っているような口調だった。...
pale asymmetry | 2023.02.07 Tue 20:54
JUGEMテーマ:ショート・ショート 僕らは傘を持て余していた。家を出るときには弱いけれど大粒の雨が降っていたのに、歩き出して数分でその雨は止んでしまった。空はまだどんよりと曇っていたから僕らは閉じた傘を手に歩いた。そこからさらに数分、いつもの散歩コースでビーチに着いた頃には雲はかなり薄まり、淡いブルーが見え隠れしていた。 「春は嘘つきだね」 彼女が砂に足跡を押しつける。砂は僅かに湿っていて、そのへこみぐわいが巨大な生物の背中のように思えた。モンスターの背中を彼女は進む。 ...
pale asymmetry | 2023.02.04 Sat 19:16
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「すごく深い塔なんだ」 甥っ子がスケッチブックを広げる。 「深い塔? 高い塔じゃなくて?」 「そう、深い塔」 甥っ子は色鉛筆のグレーで輪郭を書き始める。 「もちろん造られたときは高い塔だったんだけど、今は地中に埋まっているんだ」 「なるほど、だから深い塔か」 甥っ子は赤と茶と黄色と緑で、地中の塔を描いてゆく。彼は実に絵が上手い。 「それでね塔の下層には水が溜まって円柱型の池になっているんだ」 甥っ子は塔の底の方に薄い青...
pale asymmetry | 2023.01.31 Tue 17:45
JUGEMテーマ:ショート・ショート 北からの風は冷たかったけれど、陽光はなかなかに鋭かった。海は南側に広がっていたから、背中に風を受けることになる。陽光は真上から。水面は細かく波打ち、キラキラの衣を纏っていた。 「何を狙っているの?」 恋人は忙しなく竿とリールを操っている。防波堤の上に立ち、動作とは裏腹に水面を優しく見つめている。僕は防波堤の上に腰を下ろし、というか半ば寝そべるような姿勢で、ラインの先端がキラキラを切り裂くのを眺めていた。 「とくに何って言うのはないよ」...
pale asymmetry | 2023.01.29 Sun 20:59
JUGEMテーマ:ショート・ショート 私たちは、手を繋いで歩いた。夕暮れ時、風はとても冷たい。青空が広がっているのに、どこからか微細な雨粒が風に運ばれてくる。 「誰かが泣いているのかもしれない……」 あなたが囁く。声が風に流される。だから上手く聞き取れなかったけれど、私は聞き返すことはしなかった。声がよく聞こえなくても、あなたの想いは私の内側に響いていたから。 「日が長くなったから」 私がそう言うと、あなたは首を傾げる。空を見つめ、私を見つめ、微かに頷く。...
pale asymmetry | 2023.01.28 Sat 19:22
JUGEMテーマ:ショート・ショート ベランダに降り積もった雪で、彼女は小さな雪だるまを作った。僕らはそれを挟むように椅子を並べ、アイスクリームを食べた。雪はもう降ってはいなかったけれど、もちろん空気は凍てついている。だからモコモコに着込んで、ホットワインを飲みながらカップからアイスを掬う。こういうことをして、僕らは魂をアイスクリームに救われたりするのだ。なんて大げさに、不謹慎に考えたりしながら、のんびりとアイスを食べる。 「良いこと思いついた」 彼女はそう言って、アイスの...
pale asymmetry | 2023.01.25 Wed 21:16
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「失われた大陸だわ」 唐突に彼女が言う。僕らはそのとき寝転んでこたつに埋没して、互いに自分のタブレットを眺めていた。夕食のあと、シャワーも済ませ、歯磨きもして、このままここで眠ってしまおうと企んでいた。 「失われた大陸?」 僕が尋ねると、彼女はこたつを指差す。 「この状況よ」 僕は首を回してこたつを見つめる。どこにも大陸は見当たらない。いや、大陸はもう失われているのか。 「巨大な双頭のカメが、大洋を回遊しているの」 彼女が...
pale asymmetry | 2023.01.19 Thu 21:24
JUGEMテーマ:ショート・ショート 家に帰ると、キッチンの大きなダイニングテーブルの真ん中にキャンバスが横たわっていた。周りには色とりどりの絵の具のチューブが散乱し、残りのスペースで彼女が正座してキャンバスと向かい合っていた。衣服や腕には絵の具が飛び散っている。何度も首を傾げ、彼女はチューブから直接キャンバスに絵の具を付け筆を操る。 「ただいま」 「おかえり」 キャンバスから目を離さずに彼女は答える。僕はテーブルの脇に立ち、キャンバスを覗く。虹色の翼が描かれていた。 ...
pale asymmetry | 2023.01.13 Fri 20:58
JUGEMテーマ:ショート・ショート モニタのなかで、奇妙な獣が歩いている。それは黒い獣だ。四肢は長く、尾は竹箒のような形。頭はない。本来頭のあるところには、真紅の目玉が三つあるだけだった。黒い奇妙な獣は、揺らぐように歩く。ときどき立ち止まり、来た道を振り返る。そしてまた歩き出す。眼球だけで空を見上げたり、地面を睨んだりしながら、ゆっくりと歩く。一定のリズムで揺らぎながら。 「これは、何だい?」 僕は思わず尋ねる。 「生物だよ。オリジナルの」 甥っ子は得意げに答える。...
pale asymmetry | 2023.01.08 Sun 20:49
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