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JUGEMテーマ:ショート・ショート 家に帰り着くと、リビングが雲母で満ちていた。正確には雲母という文字で満ちていた。水墨の文字で。 「お帰り」 リビングとキッチンの間にある大きなダイニングテーブルの上で、正座している彼女が振り向く。 「ただいま。習字?」 「そう」 彼女は筆でさらに一枚雲母と書き、それをリビングの雲母の群にくわえる。 「どの雲母が好み?」 僕はリビングを見回し、ソファーの端の一枚を手に取る。 「これかな」 「どうして?」 「何というか、...
pale asymmetry | 2022.11.02 Wed 21:04
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「眠いわ」 彼女が大きく口を開いて欠伸する。 「眠いね」 僕は欠伸をかみ殺す。そしてグラスのソーダ水を一気に飲み干す。心地良かったけれど眠気は覚めない。 「もう今日休もうかな」 「良いんじゃない」 頷きながら、僕はアツアツの卵かけご飯を口に運ぶ。 「あなたも休めば良いんじゃない?」 卵かけご飯を食べる手を止めずに、僕は肩を竦める。 「休まない」 「どうして?」 「休む理由がないな」 「理由がなくちゃ、休んじゃ駄目...
pale asymmetry | 2022.10.30 Sun 21:20
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「ネットワークって大事だよね?」 香月さんはそう言って太陽に顔を向けた。目を細めて、何度か頷く。自分の言葉に頷いたのか、陽光に対して頷いたのかは解らなかった。 「ネットワークって、何の?」 僕は除菌シートで香月さんの右手を拭きながら訊く。香月さんは首を傾げて、僕の顔を覗き込む。 「君はネットワークを知らないの?」 「ネットワークって言葉なら知ってるよ。でも香月さんが大事だって言うネットワークが何のネットワークか解らないから。ネット...
pale asymmetry | 2022.10.29 Sat 21:22
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「やあ、久しぶりだね。最近はどんな感じだい?」 モニタの中の友人が笑顔で問い掛けてくる。私はただ黙ってモニタを見つめる。 「相変わらずな感じだね」 友人は僅かに肩を竦めた。 「久しぶりに君を見つめると、不思議な気分になるよ」 モニタのすみにデジタル数字が現れていて、友人が話すたびにカウントダウンが始まる。数字がゼロになると彼は次の言葉を発する。そういうルールだった。スタートの数字は一定ではなく、例えば今ならば二十五秒から始まった...
pale asymmetry | 2022.10.27 Thu 21:18
JUGEMテーマ:ショート・ショート バスを降りると、夕日と目が合った。海に向かって傾く夕日。でもまだ水平線まで少し距離があるからか、茜には染まっていない。でもそれは艶の強い黄色、あるいは金色で、十分に綺麗な夕日だった。何だか久しぶりに夕日と出会ったような気がして、新鮮な心持ちになる。バス停のすぐ脇には小さなビーチがあって、そこにベンチがあったから、少し眺めてから帰ろうと私は足を向けた。 ベンチには先客がいて、その人も夕日と向かい合っていた。花束を抱えた老婦人で、真摯な表情を...
pale asymmetry | 2022.10.26 Wed 21:16
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「今日は未来の日なんだって」 仕事から帰ると、待ち構えていたかのように彼女が言う。いや、実際に待ち構えていたのだろう。 「でも、その未来はもう過去なんだって」 「えーっと、どういう意味?」 「その意味はどうでも良いの。知りたければあとでググって。本題はそこではないから」 彼女はソファーに腰を下ろし、僕を手招く。 「じゃあ、本題というのは?」 僕は彼女の隣に沈み込んだ。今日のソファーはいつもよりやわらかく感じた。 「つまり、...
pale asymmetry | 2022.10.21 Fri 20:13
JUGEMテーマ:ショート・ショート 漆黒と黄金を纏った櫛だった。高貴な櫛だと思った。地色は艶の強い漆黒で、そこに黄金の紋様が描かれている。細かく細かく描かれている。風や波や火山の噴火や、その他のありとあらゆる流れが、その流れの曲線が黄金で描かれている。そこには叫びが内包されている。誰かの叫びではなく、誰のものでもない叫びでもなく、私の叫びだ。 でも、私の叫びじゃない。それは今このときの私の叫びじゃない。たぶん来世の私の叫びだろう。来世の私はこんな風にありとあらゆる流れに織り...
pale asymmetry | 2022.10.20 Thu 21:48
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「今日は何の日か知ってる?」 私はモニタに向かって問い掛ける。 「今日は世界手洗いの日だね」 応えはすぐに帰って来る。モニタの中には彼が映し出されている。でもフルCGの相貌の彼だ。 「じゃあ、世界中の人が手を洗う日なんだね」 私がそう言うと、彼は複雑に表情を歪める。笑っているようにも困っているようにも見える。見ようによっては啓示を受け取ったようにも見えた。 「それは少し違うよ。世界には不衛生な環境下での暮らしで、命を失う子供たち...
pale asymmetry | 2022.10.15 Sat 21:17
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「excuse me……、excuse me……」 彼女が呟いている。隣に横たわる彼女が。 「excuse me……、excuse me……」 何度も呟いている。僕は文庫本から顔を上げ、彼女を見つめる。彼女はタブレットを抱きしめて眠っている。その表情は、フラットだった。苦しそうでもなく、楽しそうでもなく、何かを探求しているようでもなかった。 「excuse me……」 夢の中で誰かを呼び止めているのだろ...
pale asymmetry | 2022.10.08 Sat 21:05
JUGEMテーマ:ショート・ショート 「雨は何も考えていない」 あなたは濡れながら呟く。 「何も考えていないから雨なのかもしれないよ」 私は空を見上げ、雨を頬で、額で、唇で受けとめる。 「やめなよ。汚れているよ」 あなたが顔を顰める。 「汚れているかもしれないけれど、穢れてはいないでしょう?」 私は肩を竦める。 「それはもちろん私たちの方が穢れているわ」 あなたは立ち止まり、手のひらの匙で雨を受けとめる。僅かに掬い取った雨を、あなたは口に運ぶ。 「どう...
pale asymmetry | 2022.10.04 Tue 21:53
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