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はなびらと水のあはひの光かな

 はなびらと水のあはひの光かな  眞鍋呉夫    この季節になると、想い出す一句です。  満開の桜の枝が川面や湖面に伸びて、水に触れるか触れないかで揺れている。風次第で水に触れたり触れなかったり。そんな風景を見るたびにこの句が浮かびます。      しかしこの句を、具象的な風景としてだけ味わうのはもったいなくおもいます。  読み手次第でさまざまな象徴性を喚起されるでしょうし、映像が浮かぶにしても具象画のようであったり抽象画のようであったりするでしょうし、実に多...

川喜田晶子KJ法blog | 2018.03.30 Fri 18:57

〈生き難さ〉のアーカイブス〜「詩を描く」若者たち〜(連載第10回) 川喜田晶子

まだ見ぬ空    学生たちの表現は、一見、昨今のゲーム感覚に汚染されているかのようだが、短い詩篇の中で、この現実における己れの意味を賭けて静かに闘っていた。ゲーム感覚によって世界が狭窄されたのではなく、狭窄された世界観の喩としてのゲームである。狭窄された世界観との闘いは、むしろ古典的な相貌を帯びるほどだし、そこで彼らが見たいと望んだ「空」の風景は逆に新しい。        変身   M・M   ある日とつ然 空に亀裂が入る   異空間から怪物がやってき...

星辰 Sei-shin | 2018.03.22 Thu 21:24

東映初期カラーアニメーションのコスモス―『少年猿飛佐助』と『白蛇伝』を中心に―(連載第7回) 川喜田八潮

       12    ここで私が思い浮かべるのは、宮崎駿氏の息子の吾朗氏が監督して制作されたアニメ『ゲド戦記』の「結末」である。  宮崎吾朗の『ゲド戦記』は、ル=グウィンの原作とは違っている。  原作者は、アニメの出来ばえに大変不満で、原作に込められたメッセージと人物造型、表現内容の本質が歪められたと激怒しているようだが、原作はあくまでも原作であり、映画は、たとえ原作をふまえていても、芸術作品としては、全く別箇の独立した表現の産物とみなすべきである。  原作とアニメの違い...

星辰 Sei-shin | 2018.02.24 Sat 13:58

2017年を振り返って

   今年も霧芯館にたくさんの方々をお迎えし、KJ法とその世界観に、じっくり触れていただきました。  受講された方々を対象に開催しております夏・冬のワークショップでは、「〈違い〉がわかる瞬間」というテーマでグループKJ法に取り組んでいただき、〈現在〉の抱えている課題を浮上させてまいりました。  その中で、今年もさまざまな領域の方々と触れ合い、さまざまな現場の匂いを臨場感をもって味わう体験をさせていただくことができました。    いずこの現場でも、「今の学生は」とか「今の新人は...

川喜田晶子KJ法blog | 2017.12.28 Thu 18:26

〈生き難さ〉のアーカイブス〜「詩を描く」若者たち〜(連載第7回) 川喜田晶子

  〈自分〉が痛むとき?    学生たちの作品における〈自分〉の痛みは、「なぜ自分だけがこんなおもいを抱えているのか」といった問いというよりは、誰だって痛みは抱えているだろうけれども、決して共有などできないのだ、伝わることはないのだ、といった関係全般の不毛性の喩のように感じられる。関係とは不毛なものだ、世界は自分と他者とを繋いではいない、という風景を生きている。そこで発せられる個人の〈痛み〉は、掘り下げても掘り下げても類的な貌にはならない、という意味でのみ、〈現在〉という時代の...

星辰 Sei-shin | 2017.12.27 Wed 12:10

『右大臣実朝』と宿命(連載第4回) 川喜田八潮

       4    実朝の敬神崇仏の念の厚さや朝廷への赤心の根底には、魂の穏やかさと静謐(せいひつ)さをなによりも重んずる、融和的な世界視線が息づいていたようにおもえる。  それは、彼の和歌をよく味わってみればわかることだが、太宰治の描く実朝像では、詩歌・管弦や宴を楽しみ、〈軽さ〉や〈笑い〉を好む日常の暮らしぶりに表われている。 『右大臣実朝』には、琵琶法師の『平家物語』の語りに好んで耳を傾ける将軍の姿が活写されている。ここでの実朝は、太宰治自身とそのまま重ね合わせら...

星辰 Sei-shin | 2017.12.26 Tue 15:40

紅葉の気持ち

 毎年、夏と冬に「霧芯館KJ法ワークショップ」を開催しておりますが、ここで提示された参加者のみなさんのラベルは、私の中で繰り返しシンボリックに顕ち上がってきます。    これまで、「〈かくれんぼ〉ができない私たち」「変容の本質―現場が変わる瞬間―」「“寄り添い”の哲学」「〈リアル〉の手触り」「〈闇〉の居場所」「〈初対面〉のラビリンス」そして今年は「〈違い〉がわかる瞬間」といったテーマで取り組んでまいりました。  夏に「パルス討論」というディスカッションによって提示されたラベ...

川喜田晶子KJ法blog | 2017.11.30 Thu 13:16

『右大臣実朝』と宿命 (連載第3回) 川喜田八潮

       3    実朝の生活者としての持ちこたえ方のかたちは、こういう義時の視線とは全く対照的である。  彼もまた、義時と同じく、周囲の人間たちから疎隔された場所にあるといっていいのだが、その孤独さの〈かたち〉は似ても似つかないものだ。  このあまりにも柔らかい繊細な皮膚感覚をもつ青年は、己れとは無縁の、生臭いタフな生活力をもつ人々や権力の亡者や鈍感な小心翼々とした官僚的気質の連中の中に、ひとりぽつんと孤独に置かれている。  決して、自分自身の場所を他人に「押しつけ...

星辰 Sei-shin | 2017.11.25 Sat 17:50

『右大臣実朝』と宿命(連載第2回) 川喜田八潮

       2    先の引用でもうひとつ興味深いのは、母の尼御台政子と実朝の、恐ろしいほどの視線の〈隔絶〉である。  天上的な次元から、己れ自身も含めたこの世の人々の身体を静かに「見おろしている」かのような実朝とは対照的に、政子は、徹頭徹尾、地上的な視線に身を置いている。政子の眼が象徴するものは、生臭い酷薄な実人生の諸相や醜部を平然と直視し、リアルに生き抜ける人間たちの世界だといっていい。  実朝は、こういう人間たちのただ中にひとりでぽつんと置かれている。彼の魂を知る者...

星辰 Sei-shin | 2017.10.28 Sat 22:16

『右大臣実朝』と宿命(連載第1回) 川喜田八潮

  *この「『右大臣実朝』と宿命」は、「1999年・春」に発行された「星辰」第二号に掲載されたものである。すでに、「『中期』太宰治の変容」の初めにも断ったように、旧「星辰」誌上においては、「太宰治と〈悪〉」という統一タイトルのもとに組まれた連載評論の「第二回目」として発表された。これから、その内容を五回に分けて再掲してゆく予定である。「『中期』太宰治の変容」と併せて味読いただければ、本望である。(二〇一七年九月 筆者)        1   『右大臣実朝』は美しい小説である...

星辰 Sei-shin | 2017.09.29 Fri 21:37

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