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JUGEMテーマ:歴史 桶狭間の戦いのとき、今川義元は松平元康(のちの徳川家康)に大高城に兵糧を入れることを命じた。『信長公記』に元康を「先駆けさせて大高に兵糧を入れた」とあるからだ。兵糧を入れたあとに丸根砦を攻撃し、そして大高城で休息した。文脈から見ると先に兵糧を入れたことになるが、丸根砦を落とせば、兵糧入れには手がかからない。兵糧入れは後からかもしれない。
上高地 仁の真・百斤の黄金 | 2026.02.02 Mon 17:32
JUGEMテーマ:歴史 各地にある日本庭園、関係者による維持のための資金や労力の確保があって現存しているとみていい。 一方で、廃園となった日本庭園も確認されている。 「日本庭園鑑賞便覧 全国庭園ガイドブック」(京都林泉協会 編著)に、全国日本庭園一覧に続き、全国の庭園遺跡一覧がある。地点的には、京都、奈良が半分くらい。発掘庭園一覧という情報もあるそうだ。 室町時代から江戸時代にかけての城館跡等の発掘庭園 https://www.isan-no-sekai.jp/report/9420 庭園の遺跡...
にきみたまの道 日本史探訪 | 2026.02.01 Sun 12:40
JUGEMテーマ:歴史 『豊臣兄弟!』の第四回の最後で小一郎が「銭をくれ」というので、信長は小一郎に銭50貫を下げ渡す。ところで銭50貫というのはどのくらいの価値なのか、思っていたら、婦人公論に『『豊臣兄弟!』銭50貫の褒美に歓喜した小一郎。一方〈現代の金額〉に換算して衝撃を受ける視聴者続々「論功行賞の破壊力」「金額感を知ると場面が別物に」「人生そのものを変える転機」』という長いタイトルの記事がアップされていた。
上高地 仁の真・百斤の黄金 | 2026.01.29 Thu 17:53
JUGEMテーマ:歴史 桶狭間の戦いは1560年(永禄3年)5月19日に決する。この戦いの序章は一般的に1552年(天文21年)に山口教継(左馬助)が織田方を離反することから始まる。そして同年4月17日に鳴海の赤塚で、山口教継の息子教吉(九郎二郎)と織田信長の戦いが起こる。信長の兵は800で、九郎二郎の兵は1500といい、教吉は上槍(斜面の高いところから槍で攻撃した。つまり有利な位置にいた)だったが、引き分けた。
上高地 仁の真・百斤の黄金 | 2026.01.23 Fri 18:43
JUGEMテーマ:歴史 桶狭間の戦いの前に、織田方から今川に寝返った戸部政直の裏切りは、Wikipediaの注釈に「小瀬甫庵『太閤記』1626年。」と記されている。『太閤記』は持っていないので、原文にあたりたいと思い、岩波文庫の『太閤記(上)』を手に入れた。ネットで手に入れたので、中身を知らずに買ったら、読み下し文で一部に漢文が混ざっていた。1943年の発刊だから仕方がないか。
上高地 仁の真・百斤の黄金 | 2026.01.20 Tue 18:42
JUGEMテーマ:歴史 日清戦争で、海軍を仕切り、日本を勝利に導いた恩人、薩摩出身の山本権兵衛の、海軍軍人人生、 恋愛結婚、愛妻物語をネット情報で読むことができる。 山本権兵衛〜日本海軍を創った公正無私なリアリスト https://rekishikaido.php.co.jp/detail/7318 山本権兵衛 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E6%A8%A9%E5%85%B5%E8%A1%9B 山本権兵衛元総理の心温まる愛妻物語 https://toyokeizai.net/articles/-/277810?display=b &n...
にきみたまの道 日本史探訪 | 2026.01.18 Sun 13:23
JUGEMテーマ:歴史 その1からの続き 《3》カンナビの山 以前もとり上げたことのある野本寛一さんの『神と自然の景観論』(講談社学術文庫 2006年刊)には、信仰に関わる山の分類の仮説がいくつか紹介されており、簡単にいうと大きく以下の3種類に集約されるようです。 富士山、阿蘇山、浅間山などの?火山型、 立山、白山、熊野三山のような?高山型、そして?カンナビ型です。 このカンナビ型に関して、野本さんの本では池邉彌さんの説をその著書から引用しています。 「カンナビ...
アルカイック・ハウス | 2026.01.16 Fri 01:03
JUGEMテーマ:歴史 『美濃国諸旧記』には「六角高頼の娘」のあるが、可能性としては高頼の家督を継いだ六角定頼の娘の可能性もある。六角定頼には娘がたくさんいて、多くは守護大名に嫁いでいる。土田御前は六角高頼の晩年に生まれた娘で、高頼が死んだ後(1520年)に、定頼が縁組を行った可能性もある。
上高地 仁の真・百斤の黄金 | 2026.01.13 Tue 19:27
JUGEMテーマ:歴史 『濃尾参州記』という司馬遼太郎の本を見つけたので読んだ。「街道をゆく」の最終巻でこの本が絶筆だった。どうりで本が薄かった。内容はタイトル通り、美濃尾張三河を取り上げたもので、桶狭間の戦いについても触れられていた。 この本には桶狭間の戦いの前に、笠寺城を守っていた日下部政直の話があった。『濃尾参州記』では今川の忠臣と書かれている。しかし日下部政直は戸部直政のことだろう。そうであれば、彼はもともと織田の家臣で、桶狭間の戦いの少し前に織田方から今川に寝...
上高地 仁の真・百斤の黄金 | 2026.01.12 Mon 18:36
JUGEMテーマ:歴史 織田信長が尾張統一で戦っていたとき、木下藤吉郎は何をしていたのだろうか。木下藤吉郎、つまりのちの豊臣秀吉が文献に現れるのは、永禄8年(1565年)11月のもので、それ以前で確たるものはないという。『信長公記』では永禄11年の箕作城の攻め手として登場するのが最初となる。したがって、尾張統一戦、美濃攻略戦で藤吉郎がどのようなポジションにいたのかはわからない。
上高地 仁の真・百斤の黄金 | 2026.01.06 Tue 18:51
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